中国では今日は南京大虐殺祈念日である。74年前の1937年(昭和12)12月13日に日本軍は国民党の首都南京市を占領し、17日には中支那方面軍司令官松井石根大将の南京入城式が行なわれたのである。
野田総理大臣が12~13日に訪中する予定であったが中国側からの意向で中止となったと言われている。この日程は中国側から提案されて日本側が応諾したというのが外務省の言い分である。しかし満州事変勃発の9月18日、盧溝橋事件の7月7日と同じく、12月13日は中国人民にとっては忘れることの出来ない屈辱の日であることは外務省と駐北京日本大使館は十分承知のことであり、総理官邸に訪中には相応しくない日程であると進言しなければならないのである。さらに言えば野田総理自身も政治家として中国外交の初歩的認識不足の問題だと考える。(他にも21ケ条五・四運動の5月4日等の屈辱日もあるが)
亡父の軍歴を改めて見て見ると、1937年(昭和12)12月6日~21日は「南京付近の戦闘に参加」と記されているが、「追憶 金澤輜重兵聯隊」には駄馬、自動車、水路をもって弾薬と糧秣を最前線の第九師団に運搬していることが詳細に記載されている。輜重連隊の兵士達が敗残兵や農民を虐殺したのかは不明であるが、亡父が運んだ銃弾・砲弾は間違いなく「大虐殺」に荷担したしたのである。