カッキーYAMA   akihiko tange

手始めに、日常的なことを気の向いたときに載せていくつもり。

オランダ戦・19Jun2010・・・・・・・・

2010-06-19 | エッセイ

今日はこれから、日本vsオランダのサッカーの試合を観に行くことにしている。観に行くと言っても南アフリカに突如飛ぶというわけではなく、TOKYOドームのパブリックヴューイングというのへ行くことにしたのだ。でかい画面で見るということらしい。前回の1勝で勢いづき、DJなどを含めマスコミに出演の人々の口数ががぜん多くなり、監督のしゃべりも多くなっているようで、ナンカ、アブナソウダナ、と思う。とにかく、不真面目かもしれないが応援に行く予定。

先に、他人のblogを見ていたら、「自分のblogに誰かがコメントを書いてくれたら、その自分のblogのコメント欄に返事を書けばいいのですね。僕は今までその人のblogに書くものと思っていました。」という趣旨のことを書いている青年と思しき人がいた。これはどちらでも良いのではないかな、と思う。相手がblogを持っていてそのblogが分かれば、そのコメント欄に書いても良いし、あるいはメールでも良いのではないかと思う。どのような形であれ相手に伝わることが、まずは重要ということだから。臨機応変で良いのではないだろうか。ただ、自分のblogに書くと、その相手とのその後のやりとりを第三者が読みやすい、ということがある。でも、何も第三者のためにコメントの返事を書くわけでもないわけで、その辺は臨機応変にというところだろう。


                                           

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散歩をして・カッキーYAMA近く・・・

2010-06-19 | エッセイ

  
モグラの穴か・・・                      何かに似て・・・

これもカッキーYAMA近くの公園で偶然見つけたもの。カッキ―YAMAとは、以前にも述べたが実在の山の名前ではない。あくまでも私のblogの名である。しかし、そのカッキーというのは私が住んでいる実の地名から、それをモジって付けている。モジるのが好きなのでモジリ兄、モジリアニなどと呼ばれているくらいだ。冗談はさておき、地名をモジって付けたカッキ―は本当に山になっているのである。武蔵野、多摩の丘陵地帯の一丘陵である。それでカッキ―YAMA。実際は丘陵の上はもう何十年も前に造成され、ほとんどが、戸建ての住宅が立ち並ぶ。そしてカッキ―YAMAなどという、相撲取りか日本酒のような名ではなく、まともな美しい地名が付けられている。
カッキ―YAMAは、そんなところから付けられたblogの名。もちろん、実在の丘陵に住む人々のことや、意見などを代表して書くようなことはゆめゆめ考えていなくて、私の全く個人的なblogの名である。

そのカッキーYAMAを降りたすぐのところに、舗装された走るのにちょうどよい道があってその脇に土の盛り上がったところが数か所、在ったのである。蟻の穴にしては大き過ぎるし、なにか植物を引っこ抜いたりしたか、あるいは植えようとした穴か、などと思ったりした。が、さてはモグラか、と思い当たったのであった。モグラというのは一晩で相当長い距離の穴を掘って進む、と聞く。食べるミミズの量が半端でないからだ。それでこのフォトの様になったのかと思うと笑いを禁じえない。モグラにしてみれば、道のコンクリートの硬い壁に当たって何だこれはと思いつつ、前へは進めずに横へ横へと壁に沿って進んだものと思われる。時々地上に顔を出して確認しつつ・・・。と、そう思いたい。

その「モグラの苦労した穴」のすぐ近くにこれはもう何年も前からある、切り株がある。鎌倉から切り株づいているようだ。カタツムリ、ナメクジなどの頭と角の様でもあるし、人間の指差した手の形の様でもある。見ていろいろに想像できる。これも偶然の産物である。時として珍しいものの中には、人間が話のネタにといたずらで作為的に造り出したものもあるから注意を要するが、自然の産物は、これはもう素直に驚いてよい。だから楽しい。自然の珍奇なもの、奇観、そういったものはぜひ見てみたい。また人間の作りだしたものでも、虚飾ではない奇観というのは見てみたい。例えば、カッパドキアなど。私はまだ行ったことがないのだ。そして、そういったものを造ってみたい。そう思う。 



                                           
                                            

追記:重要なところを勘違いしている。カッパドキアは、あれは外観は自然の産物でありました。そこにあれだけの内部空間を形成したというのが、その外部の奇観と相まって迫力になっている、というものだった。(19日16時)



                                           
                                           

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