私が、まだ学生であった頃。
授業には出ず、文芸部の部室に日がな一日いて、詩か小説が書けるようになるにはどうすればいいかしか考えていなかった。
ほぼ同じ授業をとっていて代返をしてくれる高校時代の剣道部で一緒だった友達もいたが、彼女とはどこか疎遠になっていた。
私は、彼女の屈託の無さが好きであった。
いつも、会うと眉を大きくトムとジェリーのジェリーのように動かして、にじり寄り、
なんばしようと 授業でらんね
と言っては、にやにやするのだった。
私は、彼女の気遣いに感謝しながら、母親に優しく諭されているろくでもない子どものような、いたたまれないような気持ちになった。
彼女の回りには、いつも人がいて、賑やかであったが、私には居心地があまりよくない人の多い集まりだったので、お互い無理をしないように、つかず離れずの縁遠さになっていったのは自然なこととして、なんとも思っていなかった。
彼女の取り巻きの一人の女の子が正直苦手であったのも、その原因であった。
あの女の子は、抜け目がない目をしていた。
白目がちな目の奥に黒い点があり、その目が何かを狙っているようで、魚が死んだような濁った目をしていたのだ。
その腐性のようなものを、高校時代からの友人の陽性が、埋めているのかもしれなかったが、その吸い尽くされてしまいそうな、射抜くような目に、正直、一緒にいると、いたたまれなくなるのであった。
誰も、寄せ付けない目には、吸い寄せる目が対峙するのが、妥当なのかもしれない。一対の目のように。
私には、到底、できない役目であった。
卒業式前に、高校から一緒だった友達の輪の中の一人の女の子が亡くなった。
六号館の屋上から飛び降りたのだった。
ピアノ室がタコ部屋のように並んでいるその六号館の屋上に行ったことは一度もなかったが、屋上までの階段を登る気はさらさらなかった。
教師になるためのピアノ部屋に行くのがせいぜいであった。
たどたどしい戦慄。どれみどれみどれみ。どしらそどど。どどしらそ。どっどどどどど。どっどどど。
ピアノ部屋は共同で使用する。
どっどどどらどらどしらしど。
あのピアノ部屋で、その子は何を思ったのだろう。
どれどれどれどど。しらしらし。
その子が飛んだ。
あの女の子の目が、その子の背を押した。
その子の付き合っていた男の子が、あの目の女の子と付き合い始め、結婚したという。
どれどれどどどど。ししししし。
死に目にあわした、あの目がこわひ。
どこかで、先生やっている。
死に目にあわした、あの目がこわひ。