明鏡   

鏡のごとく

「環境整備」

2009-10-29 10:56:44 | 小説
 ある老人からその話を聞いたのは、ついこの間の事である。

 そもそも、彼と出会ったのは、電信柱が古くなったので、取り替え工事が行われている川沿いの道の上であった。

夕暮れ時で道路標識に気づく事もなく、私が一方通行の道と知らずに、近道であるその道を友人から借りていた軽自動車で通ろうとした時の事であった。

その老人が、すでになくなってしまった電信柱の代わりを務める「人柱」のように、道の脇に立っていた。

老人は白濁しかけた目を鈍く車のライトに光らせて、ヌラリと立って。

そうして、車の中にいる私に向かって何やらつぶやいていたのである。


 ここを通ったらいかん。いかんと言うとろうが。


というそのヌラリと立ち尽くしたまま繰り返す声が聞こえて来た。


 もう道の半ばに差し掛かっていたので、引き返す事もかえって困難であったが為、その老人の濁った目を見たり見なかったりしながら会釈し、おずおずと首をすくめながら、老人との距離を推し量るように、注意深くゆっくりと前の方へ進んで行った。 

 
 知らなかったので。すみません。


 夕方の空気を取り込もうと半開きにされていた窓から、申し訳程度の言葉を漏らしながら、老人の横をかすめて行ったが、その老人には、聞こえたのか聞こえなかったのか、よくわからないままだった。

 老人の目の色が暗闇にまぎれて少しだけ黒みを帯びた色を差したような気がした。


 それからしばらくして、空港近くの環境整備団体の事業の一環として、毎年のように、無料の健康診断が巡回されてきており、自営業のものや、老人・主婦等がぞろぞろと列をなして、公民館に集まって来ていた。

 前もって、日時を提示され、食事を控えるように指示されているが、その他は、ゆるやかな検査が待っているだけで、1時間くらいの検査で終わると言う類いのものであった。

 それでも、病院で検査をするよりも直接地域に機材を持ち込んでの検査を実施すると言う手軽さや、時間も費用もかからないということも手伝って、毎年、多くの人が詰めかけるということであった。

 ここに住むようになって、二、三年しかたっていない独り身の浪人生の私であったが、道端の地域の掲示板にその知らせが載っているのを知り、誰でも受けられると言う事もあり、興味本位と受験勉強ばかりで、何やら、注意散漫になりがちな自分の身体の節々にある澱のようなものを感じていた事もあり、その澱の正体を、目に見える範囲で数値化してみたくなり、行ってみる事にしたのであった。