今日は曇りです。
なので外に出たら、急に日差し…
思うようにはいかないものです。
で、急にブランデンブルグを聴きたくなって…
何故か??
高村光太郎の詩に「ブランデンブルグ」が有り
花巻の山荘で、三畝の畑を耕しながら半ば隠遁生活の様なことをしていた時期があり
そこの山荘で綴った詩の中にあります。
岩手の山々に秋の日が暮れかかる
完全無欠な 天上的な
うらうらとした一八〇度の黄道に
底の知れない時間の累積
(中略)
「ブランデンブルグ」の底鳴りする
岩手の山におれは棲む
山口山は雑木山
雑木が一度にもみぢして
金糸白緑雌黄の黄
夜明けの霜から夕もや青く澱むまで
おれは三間四方の小屋にゐて
伐木丁丁の音をきく
(後略)
目を閉じると、光景が浮かびます。
老年になった光太郎が、一切のしがらみを捨てて
自分と対峙しながら厳しい環境と共に生きる。
その中でその環境を受け入れ、自然体で暮らすことを楽しんでいるようにも感じます。
尤も、全てを捨てた「隠居」とまでは言えない、「世俗」も内に秘めながら。
だからこそ、この詩がかけたような気がします。
そして有名な
「十和田湖畔の裸像に与ふ」
銅とスズとの合金が立ってゐる
どんな造型が行われようとも
無機質な図形にはちがひない
はらわたや粘液や脂や汗や生きものの
きたならしさはここにはない
すさまじい十和田湖の円錐空間にはまりこんで
天然四元の平手打ちをまともにうける
銅とスズとの合金で出来た
女の裸像が二人
影と形のように立ってゐる
いさぎよい非情の金属が青くさびて
地上に割れてくづれるまで
この原始林の圧力に堪へて
絶つなら幾千年でも黙ってたってろ
ふぅ、読むと疲れます。
光太郎が愛した智恵子の裸像と言われていますが
色々な思いを込めて、これを彼は造ったのでしょうね…
それを感じながら、乙女の像の前に立つのも良いかもしれません。
「僕等」
僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じる
僕があり あなたがゐる
僕のいのちと あなたのいのちとが
よれ合ひ もつれ合ひ とけ合ひ
混沌としたはじめにかへる
後略
いつもいつも傍らに智恵子がゐて
智恵子には光太郎がゐた
昔々の事です…
今はどうなのでしょうか??
心を燃やす思いは同じでしょうけれど…
これほど激しくお互いを必要としているのでしょうか???
もう、ブランデンブルグも止まりました。
日常に戻りましょう…。
************
なので外に出たら、急に日差し…
思うようにはいかないものです。
で、急にブランデンブルグを聴きたくなって…
何故か??
高村光太郎の詩に「ブランデンブルグ」が有り
花巻の山荘で、三畝の畑を耕しながら半ば隠遁生活の様なことをしていた時期があり
そこの山荘で綴った詩の中にあります。
岩手の山々に秋の日が暮れかかる
完全無欠な 天上的な
うらうらとした一八〇度の黄道に
底の知れない時間の累積
(中略)
「ブランデンブルグ」の底鳴りする
岩手の山におれは棲む
山口山は雑木山
雑木が一度にもみぢして
金糸白緑雌黄の黄
夜明けの霜から夕もや青く澱むまで
おれは三間四方の小屋にゐて
伐木丁丁の音をきく
(後略)
目を閉じると、光景が浮かびます。
老年になった光太郎が、一切のしがらみを捨てて
自分と対峙しながら厳しい環境と共に生きる。
その中でその環境を受け入れ、自然体で暮らすことを楽しんでいるようにも感じます。
尤も、全てを捨てた「隠居」とまでは言えない、「世俗」も内に秘めながら。
だからこそ、この詩がかけたような気がします。
そして有名な
「十和田湖畔の裸像に与ふ」
銅とスズとの合金が立ってゐる
どんな造型が行われようとも
無機質な図形にはちがひない
はらわたや粘液や脂や汗や生きものの
きたならしさはここにはない
すさまじい十和田湖の円錐空間にはまりこんで
天然四元の平手打ちをまともにうける
銅とスズとの合金で出来た
女の裸像が二人
影と形のように立ってゐる
いさぎよい非情の金属が青くさびて
地上に割れてくづれるまで
この原始林の圧力に堪へて
絶つなら幾千年でも黙ってたってろ
ふぅ、読むと疲れます。
光太郎が愛した智恵子の裸像と言われていますが
色々な思いを込めて、これを彼は造ったのでしょうね…
それを感じながら、乙女の像の前に立つのも良いかもしれません。
「僕等」
僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じる
僕があり あなたがゐる
僕のいのちと あなたのいのちとが
よれ合ひ もつれ合ひ とけ合ひ
混沌としたはじめにかへる
後略
いつもいつも傍らに智恵子がゐて
智恵子には光太郎がゐた
昔々の事です…
今はどうなのでしょうか??
心を燃やす思いは同じでしょうけれど…
これほど激しくお互いを必要としているのでしょうか???
もう、ブランデンブルグも止まりました。
日常に戻りましょう…。
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