こくご食堂

小学生向けこくご塾を創業しました。[こくご]の楽しさを、様々な切り口から発信していきたいと思っています。

[目玉商品]

2018-02-12 19:06:55 | 感じる
はじめまして。2018年春、川崎で小学生むけ[こくご]を中心とした塾を創業予定のamimです。思考・発表・文章にする・を柱に、ディベート・俳句アクティブラーニング・ビブリオ・ロールプレイングなどを取り込んだ授業をします。ブログは毎日更新しています。感じたこと、体験したことを文章にすることは「こくご」です。

「こくご食堂」本日調理する食材は[目玉商品]

結婚式の帰りに、大きな引き出物を持っている人を見なくなりました。新聞で読んだ記事によると、今ではほとんどがギフトカタログになっているそうです。思い返すと、私が結婚した25年前も、すでにギフトカタログになっていました。

そのギフトカタログにも変革が起こっています。ソウ・エクスペリエンスでは、体験をカタログにしています。気球乗り、乗馬、フライト体験、忍者体験、クルージング、パラグライダーがそれにあたります。カタログにある商品ではなく、サービスまでもカタログ提供できる時代なのです。家事代行ベア―ズのギフトカタログでは、受けた取った人が、掃除や買い物などのサービスを受けることができます。

これは、結婚式の引き出物ではなく、お歳暮やクリスマスなどの贈り物として企画されているギフトカタログです。カタログを見るのはとても楽しいですよね。しかし毎回疑問に思うことがあります。ギフトカタログですから、全部価格は同一のはずです。これと、これが同じ値段?と首をかしげるものがあるのです。あまりにも高級そうなものと、安価なものが同じカタログに掲載されていると、高級そうなものの価値が下がり、安価なもののイメージがアップされます。カタログでならべられることで、イメージが変化すると思うのです。例えば、バックと牛肉は、通常は同じ土俵で戦わない商品です。しかしカタログで並べられてしまうと、同じ舞台に上げられて値踏みされるわけです。

そして、主婦目線で考えると、このカタログの中には、赤字ですがお出ししましたという目玉商品があるのではないかということです。以前に、ファミリーレストランに勤めている友人が言っていた話しがあります。
「うちの店のドリンクバーで沢山のまれたくないのが野菜ジュースなの。単価高いのよね。」
食べ放題の店では、他の商品はどうでもこの商品だけを沢山注文されると損をするといいう目玉商品があるものです。この話しを聞いてから、私は野菜ジュースを必ず飲んでいます。ずらりと並べてあるカタログ商品から、これは、きっと泣く泣くこの価格にしたのでしょう、という予想をするのも楽しいです。お客様にそれとわかってしまうような掲載の仕方はしないでしょうが、あえてそれを探しだす。そんなことを考えるのは、腹黒い私だけかもしれません。


[文明の利器]

2018-02-11 15:02:32 | 機械操作
はじめまして。2018年春、川崎で小学生むけ[こくご]を中心とした塾を創業予定のamimです。思考・発表・文章にする・を柱に、ディベート・俳句アクティブラーニング・ビブリオ・ロールプレイングなどを取り込んだ授業をします。ブログは毎日更新しています。感じたこと、体験したことを文章にすることは「こくご」です。

「こくご食堂」本日調理する食材は[文明の利器]

あいまいな記憶からでも、キーワードを入れるとなんでも調べられる世の中になりました。以前友達のM子さんとラインをしていた時、ラインのやり取りしている最中でもM子さんが調べ物をして答えてくれたことがありました。すごい!と思っていましたが、今では私もできるようになりました。

昨日は「東京こどもくらぶ」の話題をブログで取り上げました。ブログを書いたあとに、検索をすすめると音源がありました。

「東京こどもくらぶ」さんびきのくま

懐かしい声と効果音です。お話の途中でオルゴールのような音楽が流れていました。そしてこの気になる結末です。くまの家に勝手に入り込んだ少女は、小さい熊のお粥をたいらげ、小さい熊の椅子を壊し、二階に上がって、小さい熊のベッドで寝ているときに、熊の親子が帰宅します。少女はびっくりして逃げ出してしまいます。そして小熊が
「僕、あの子と友達になりたい」
と言います。そしてナレーションになり、翌日少女はこの家にやってきて、昨日の悪事を謝罪して、小熊と仲良くなりました。というハッピーエンドでした。

音源があることもびっくりしましたが、ある程度のキーワードで検索ができるということは、本当にすごいことです。私達世代になると、
「あ、あれ、あれ。なんだっけ?」
ということが多くなります。記憶の中から知りたいことを呼び起こすことをしないと、脳が活性化されないそうですが、まさにそれです。それを、インターネットでは、曖昧なキーワードを入れて、調べられるのです。

しかしこれが進むと、少しの記憶違いも許さない、正確が全ての世の中になりはしないか。少し心配です。みんなで思い違いをしていて、みんなが違うエピソードで記憶している話しをする楽しみがなくなってしまいそうです。それでも、今回45年ぶりに「東京こどもくらぶ」の音源を聞くことができて、とても感動しました。文明の利器を使いこなせた自分にも拍手です。

[東京こどもくらぶ]

2018-02-10 11:41:21 | 思い出
はじめまして。2018年春、川崎で小学生むけ[こくご]を中心とした塾を創業予定のamimです。思考・発表・文章にする・を柱に、ディベート・俳句アクティブラーニング・ビブリオ・ロールプレイングなどを取り込んだ授業をします。ブログは毎日更新しています。感じたこと、体験したことを文章にすることは「こくご」です。

「こくご食堂」本日調理する食材は[東京こどもくらぶ]

3日前から胃の調子が悪く、おかゆを食べています。レトルトのお粥を一度に食べきれないので、小さい器に三等分してみました。

▲お粥を三等分に


そして、この3つの器をみていたら、童話を思い出しました。
ある日、少女が森で迷子になります。しばらく歩いていると森の中に家を発見します。誰もいないようなので入ってみると、テーブルには大中小の器にお粥が入っています。

このお話は、幼いころとても好きな話しでした。「東京こどもくらぶ」という教材で2歳から4歳コースを、母が申し込んでいて、その中の朗読の教材にあったものです。朗読教材にはそれにあった絵本もついていました。朗読した物語をカセットテープかレコードで聞いていた記憶があります。この「東京こどもくらぶ」毎月くるのが楽しみでした。朗読だけでなく、季節の歌もあり、「かけっこ」という歌は、姉とよく歌っていた記憶があります。

さて、このお粥の記憶。今回インターネットで調べてみると、面白いことがわかりました。この「さんびきのくま」というお話、元々はイギリスの童話でした。それをロシアのトルストイが童話として世界に知られることとなったそうです。そしてこの話しの結末が面白い。

この迷子の少女は、テーブルのお粥の中で一番冷めていて食べごろの小さい器にお粥を食べ、部屋で遊び、疲れて、大、中、小とあるベッドの小で眠ってしまいます。そこにくまの3人家族が帰宅して、少女は逃げていく。という結末です。

何故か尻切れトンボのような終わり方です。トルストイがこれを記した時代は、素行の悪い子供が多かったらしくそれを戒めるものであったと言われています。

私が聞いていた「東京こどもクラブ」の「さんびきのくま」の結末はどんなものであったか、記憶をしていません。この物語の朗読を聞いて、お粥が好きではないのに、絵本に書いてある木の器に入ったお粥がとてもおいしそうでした。知らない家に入り込んで、お粥を食べ、暴れて、最後には寝入ってしまう少女の大胆さが、幼い私をわくわくさせたのでしょう。「東京こどもくらぶ」の絵本をまたみたいなと思いました。

[小さい幸せ]

2018-02-09 12:45:37 | 発信する
はじめまして。2018年春、川崎で小学生むけ[こくご]を中心とした塾を創業予定のamimです。思考・発表・文章にする・を柱に、ディベート・俳句アクティブラーニング・ビブリオ・ロールプレイングなどを取り込んだ授業をします。ブログは毎日更新しています。感じたこと、体験したことを文章にすることは「こくご」です。

「こくご食堂」本日調理する食材は[小さい幸せ]

幼いころから胃が悪くなることが多く、ここ数日とても調子が悪いです。病院でインフルエン。ザの検査をしましたが、違うようでほっとしています。毎年胃カメラをしているのですが、来週の火曜日に予約をしてきました。去年は検査していなかったので、今調子の悪い時にと。前回は鼻から内視鏡を入れる施術で、胃の中がみられるという活気的な診察でしたが、とても苦しかったので、今回は、麻酔をして寝ているうちに終了するという胃カメラにしました。みなさんも、悪いところがあったら、早急に調べるようにしてくださいね。

さて、今回は、新しい発見につていです。川崎大師にはなんども行っていましたが、今回2月3日にお参りをした際に始めて知ったことがいくつかありました。

一つ目はこれです。


▲川崎大師駅前のシャッターアート

この角のお店、私が川崎大師に行ったときお休みはありませんでした。今回初めて、シャッターアートを発見しました。私はシャタ―アートが大好きです。そして、この絵柄がとても可愛いので今回見ることができて感動しました。主人はまた写真を撮っていると呆れていました。

そして二つ目が、これです。

▲京浜急行発祥の地記念碑


京浜急行はソウルトレインです。実家にいるときは、この電車で大好きな横浜高島屋に行き、通学に、アルバイトに利用していました。この京浜急行の発祥の地が、実は川崎大師とはびっくりでした。川崎大師から六郷土手までが最初のルートだと書かれています。なるほど。そして、この記念碑にまったく気がつきませんでした。駅の前の、こんなに目立つところにあるのに。線路の絵柄のレンガを配してあり、とても素敵です。電車好き心が、ゆさぶられました。新し発見はウキウキします。

そして、最後がこれです。

▲アゼリアのからくり人形

このからくり時計、ジャストタイムになるとでてきます。何度も川崎に行っていますが、遭遇する機会がなく、遭遇しても写真におさめることができませんでした。今回、川崎大師でのお参りを済ませて、JR川崎駅に向かって、アゼリアのエスカレーターを登っているとき、主人が
「なんだ、このカメラ。どこをとっているのだ?あれ、この人形だ。」
と言ってくれたので、慌てて写真を撮りました。これも小さいラッキーです。2月3日は小さい幸せが沢山ありました。

[言わない]

2018-02-08 09:09:47 | 生き方
はじめまして。2018年春、川崎で小学生むけ[こくご]を中心とした塾を創業予定のamimです。思考・発表・文章にする・を柱に、ディベート・俳句アクティブラーニング・ビブリオ・ロールプレイングなどを取り込んだ授業をします。ブログは毎日更新しています。感じたこと、体験したことを文章にすることは「こくご」です。

「こくご食堂」本日調理する食材は[言わない]

有賀さつきさんがお亡くなりになりました。なんらかの病であったようですが、それを伏せていました。「言わない」という選択です。高齢のお父様が会見をされましたが、主治医はお父様にも病状を告げなかったそうです。

様々な意見があると思いますが、私は有賀さんの生き方を素晴らしいと思いました。「言わない」という選択をして、終活をし、その日に備えていらした。とても強い方だと思います。

私はそんなことができるでしょうか?私はもしも大病をしたら、主人と息子達には伏せてもらうように主治医に言うつもりでした。彼らはとても弱いので、その重圧に耐えきれないと思うからです。しかし、今回の有賀さんの報道をみていると、どなたにも告げずに治療をすることはかなり稀なことだそうです。

「言わない」という選択は、想像もできないほど大変なことだったと思います。お父様のコメントで
「手術しても、退院して元気になると思っていました。」
という部分がありました。それを聞いて、この「言わない」という選択は、間違っていなかったと思いました。お父様は、大病だと思っていなかった、いい意味でだまし通すことができたわけです。自分より年齢が若い娘が大病になったと知って、嘆き悲しむ姿を観たくなかったのでしょう。

そして、残された若いお嬢さんが、前を向いて人生を送っていただきたいです。強いお母様をもったことを誇りに思って。

有賀さんの報道は、もう終わりにしていただいたいとおもいました。彼女が病状を伏せたいという意思があり、闘病中も弱音をみせずに戦っていたことが分かったのですから、それ以上、報道すべきではないです。有賀さつきさん、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。