南紀から(2)

 子供の頃は、どこでもすぐに寝られたものだけれど、年をとると、慣れた自宅のベッドでなければなかなか寝つくことができない。とくに家の枕は安物で、買ってすぐにぺしゃんこになってしまったのをそのまま使い続けているので、旅館の枕は高くてしょうがない。寝たり醒めたりをぼんやり繰り返しているうちに、窓の外の海の上が明るくなってきた。
 朝食のあと、旅館のテラスから島の磯へ降りてみた。潮溜まりの水の底をやどかりが歩いていたので、つまんで息子に見せてやり、帰りに、やどかりが入っていたのと同じ種類の貝殻を五つ、六つ拾って行った。息子は貝殻をしっかり手に握って部屋に戻り、布団の上に散らばして「ばあ」と挨拶していたから、中にやどかりが入っていると思ったのかもしれない。
 それから、再び船に乗って旅館をあとにしたのだけれど、船の時間が慌ただしかったりして、昨日夫のズボンについていた生き物がなんだったのか、結局聞かずじまいになった。
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南紀から

 南紀に来ている。
 距離にして300キロ以上、幼い息子がいるので休み休みしながらだけれど、京都から7時間車で走って、那智勝浦に着いた。この日は移動だけで終わったけれど、雲一つないお天気で、和歌山の海沿いを走る道は、千畳敷に代表されるような、海面すれすれに広がる岩々の奇観が続いていて面白かった。
 ホテルは小さな船で海を渡ったところにあるのだけれど、その船の甲板に出て戻って来た夫の、白いズボンの裾に、何やら黒っぽい細長いものがぱらぱらと付いていた。ちょうど、庭の草むらで遊んできたみゆちゃんが、白い毛の先に草の種をいくつも付けているような感じなので、どうして海の上に草の実があるのかしらと思ったのだけれど、よくよく見ると先に触角のようなものが付いていて、何かの生き物のようである。気味が悪いのですぐ外で払い落としたけど、靴ひもにくっついていた最後の一匹は、三本に分かれた触角だか足だかでしっかりしがみついてなかなか離れない。夫もかなり気色悪い気がしたと思うけれど、もしそれが自分だったらもっとパニックになっていただろうと思う。見たところヒドラの仲間かしらと思ったけれど、その海の生き物の正体が何で、どこからどうやって、なんのために夫のズボンにとびついたのか気になってしょうがない。今日は聞きそびれてしまったけれど、あした中居さんか船の人に尋ねてみようと思う。
 入り江になった静かな海が見える部屋で、夜が更けてからもしばらく釣り船の灯りが点っていたが、それもいつのまにかいなくなって、もう真っ暗になってしまった。
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