南紀から(3)

 太地町のくじら浜公園に寄ると、ちょうどシャチのショウがはじまるところであった。シャチがいるのは、自然の入江を利用した波の穏やかな海のプールで、人工のプールよりもずいぶん良さそうである。青緑色の水に落ち込む山の岩肌と、それに覆い被さる木々の緑に、白黒に色分けたシャチの姿がよくうつる。
 ダイナミックなショウが終わると、次はイルカのプールで先着30名にかぎりイルカと握手ができます、というアナウンスが入った。
 平日であるためか、シャチのショウに集まっていた人たちを見渡すと、明らかに30名には届かない。手のひらと靴の裏を消毒してから、イルカプールの縁にあがり、はじめてイルカの体に触れた。なんだか、ゴムの板でできた、ボートのオールの先のようである。
 シャチの入江プールを柵で区切った沖の側には、イルカと、小型のゴンドウクジラが泳いでいて、今度はそこでショウがあった。
 プールに伸びた桟橋の上からとても間近に見られて面白いのだけれど、後ろの囲いの中で、ショウに出ていないイルカたちが、己れもご褒美の魚にありつきたいと、自発的にジャンプしたりしていたのも可愛らしかった。
 トレーナーの指示でゴンドウクジラが桟橋の真横にやって来ると、その体のまわりに二、三匹の小魚が泳いで来た。それがみるみるうちにどんどん増えて、小魚の群れがクジラの回りをくるくると泳ぎ出した。クジラに食べられそうなものを、なぜ集まって来るのだろう。小判鮫がするように、クジラに庇護を求めたいのだろうか。
 こちらのプールがイルカやクジラたちでにぎやかなのに対し、シャチのプールはシャチ一頭だけでなんとなく寂しそうに見えるけれど、killer whaleと呼ばれるシャチは、魚のほかにイルカやクジラまで食べてしまうというから、致し方ない。
 しかし当のシャチはそんなことを気にするはずもなく、悠々と波間を泳いでいる。観覧席の側へ来て身体を反転させると、シャチのプールを見ていた老夫婦が「ナミちゃん、ありがとう!」と、シャチの名をしきりに呼んだ。老夫婦は入江の景色や博物館の建物を眺め、目を細めながら「本当に懐かしいねえ」と言い合っていたから、このくじら浜公園は彼らにとってきっと思い出深い場所なのだろうと、勝手に想像して微笑ましく思ったりした。
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