ヤモリの子の負傷(前篇)

 庭から戻ってきたみゆちゃんが、台所の隅で、なにかをくちゃくちゃと噛んでいる。その口から、人の小指よりもまだ小さい、黒っぽい細長いものが床の上にぽとりと落ちた。
 非常に嫌な予感がしたけれど、そのまま放っておく訳にもいかないので、覚悟を決めて見に行くと、ミミズでもナメクジでもなく、それはヤモリの子供であった。
 仰向けにぱったりとひっくり返って動かないので、手遅れであったか、可哀相にと思いながら、まだ遊びたそうなみゆちゃんを取り押さえつつよく見ると、喉のところがひくひくと上下に動いていて、息があった。尻尾はすでになくなっていて、左の太ももに深い傷を負っている。手のひらにのせると、不思議な金色の目でどこか一点を見つめ、じっと動かないので、今は生きているものの、もうだめかもしれなかった。
 庭に降りて、みゆちゃんの手の届かない木の枝にのせておこうかと思ったら、木の上には蟻がうようよいるので断念し、蟻のいない、塀の上に置いておいた。
 しばらくして庭を見ると、ヤモリの子を置いた塀の下あたりにみゆちゃんが前こごみになって、何かをじっと見つめている。大変だと思ってあわてて見に行くと、地面の上に落ちたヤモリに蟻がたかり、哀れなヤモリは自由のきかない身体を一生懸命よじって抵抗している。ヤモリを拾って蟻どもを払い、最後までしつこく胸の皮に食いついていた一匹も弾き飛ばして、やれやれと思ったら、まだ顔の辺りに蟻が一匹くっついている。まだいたかと思って払おうとすると、そうではなくて、逆にヤモリが蟻をくわえ込んでいるのであった。
 自らの身体をかじりに来た蟻を捕らえて食べるという、ヤモリの根性というか、逆境での強さを目の当たりにして、この子は元気になるかもしれないという希望がわいた。(つづく)
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