日傘
2005-10-22 | 家族
日傘など さしても ささなくてもいい様な 色黒の私だけど
去年 夏の終わりのバーゲンで 久しぶりに日傘を新調した。
気に入った色と 柄で夏の間 玄関の下駄箱の上で 出番を
待っていた が 今年は 台風や雨であまりさすこともなく
秋になった。
生まれて五ヶ月の長男を抱えて 勤めをしていた頃
実家の母は 三度目の手術をして県病院に入院していた。
家族も本人も もう家に帰ることはないだろうと 感じていた。
外は まぶしいばかりの五月の太陽と風 さわやかそのもの
だった。
付き添いには 高校三年の弟 と勤めの父と そして私が
夜になると 橋をひとつ超え 自転車で母のもとへ 通った。
「毎晩こなくていいのに」と小さい声で言いつつ
待っていた そして用事を言いつけた。
そんな 五月の母の日に私は 日傘を贈った。
母は さすこともない日傘を 何回も何回もなでて喜んだ。
そして
暑い 暑い夏八月に逝ってしまった。 四十七歳だった。
主治医に 助かる方法はなかったのですか と泣きながら
いった 弟も 今は孫が一人いる。
遠い昔の話になった。
日傘を見るたび 思い出す私の切ない思い出です。
去年 夏の終わりのバーゲンで 久しぶりに日傘を新調した。
気に入った色と 柄で夏の間 玄関の下駄箱の上で 出番を
待っていた が 今年は 台風や雨であまりさすこともなく
秋になった。
生まれて五ヶ月の長男を抱えて 勤めをしていた頃
実家の母は 三度目の手術をして県病院に入院していた。
家族も本人も もう家に帰ることはないだろうと 感じていた。
外は まぶしいばかりの五月の太陽と風 さわやかそのもの
だった。
付き添いには 高校三年の弟 と勤めの父と そして私が
夜になると 橋をひとつ超え 自転車で母のもとへ 通った。
「毎晩こなくていいのに」と小さい声で言いつつ
待っていた そして用事を言いつけた。
そんな 五月の母の日に私は 日傘を贈った。
母は さすこともない日傘を 何回も何回もなでて喜んだ。
そして
暑い 暑い夏八月に逝ってしまった。 四十七歳だった。
主治医に 助かる方法はなかったのですか と泣きながら
いった 弟も 今は孫が一人いる。
遠い昔の話になった。
日傘を見るたび 思い出す私の切ない思い出です。
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