アメリカン・ブルーです。
福島県にある桃源郷「花見山」からみる、マンサクと福島市の様子です。
東日本大震災から・・・6年・・・
あの年は、夫が福島へ転勤になった春でした。
震災から3日目・・・毎日私とルナを心配して車で福島―仙台間を往復していましたが、
ガソリン不足で、スタンドに車が行列・・・その生活が困難になって、
福島で一緒に過ごそう・・・
ほんの数日のつもりで軽い身の回り品を持って、ルナとこっそり夫の借りていたアパートへ。
その翌日、原発のニュースを聞くことに。。。
犬が住めるところではなかったので、3週間ほど隠れるように過ごしました。
ほとんどそこから外へ出られなかったのですが、
今思えば、ルナも良く吠えもせず、
ずっと私と一緒に狭い部屋のベッドの上だけで過ごしていたように思います。
福島へ移って、震災から1週間ほど経った日、
止まっていた水道とガスが復旧して、ようやくシャンプーが出来て、
少し気持ちが晴れるようでした。
日常の些細なことがどれだけ便利で有難いことだったか・・・
最近、そのことを忘れがちになっています。
夫が持ち帰ってくれたお弁当ひとつでも、
「本当にこれを食べて良いの?」
半分明日に残しておこうかと思うような・・・
究極とはそういうものなのだと思いました。
その年は、さすがに花見山にも観光客は無く、
それでも、私達は気持ちを癒しにそこを訪ねたものです。
3月11日は、毎年その想いから、
私のブログの「東日本大震災」のカテゴリーを振り返ります。
そんな中から、6年前のルナと私が花見山を歩く写真を見つけました。
気持ちが3月から止まってしまって、
5月まで冬物を手放せず・・・夜も服を着たまま寝ていました。
あら? 今も使っているrikoさんから頂いたルナのお散歩バッグ・・・
6年も持っているのですね~♪
ルナと私の元気を皆さんにお知らせしたくて、
この写真を投稿したことを思い出しました。
福島を訪れると、思い出すことはいっぱいです。
そして、
何があっても、花はその季節には彩り豊かに姿を現すものですね。
およそ3週間ほどを過ごした福島ですが、
なにかとても懐かしい気持ちと、
必至だった日々を想い出し、むしろ優しい気持ちになるんです。
未だ、いろいろな意味で切なさを抱えるそんな福島へのエールも込めて、
元気色であるビタミンカラーで6年目のメモリアルを綴ってみました。
福島・宮城・岩手に暮らす私達だけではなく、
同じように大きく揺れた全国各地での「あの日・あの時」
皆さんはどんな時間だったのでしょうか・・・・
間もなく「その時」がやってきます。
大事な人、大事なもの、大事な想い・・・・
失わないように、明日に備えてください。