駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

私鉄沿線の印象

2008年10月20日 | 
 電車に乗るのが好きだ。地下鉄も悪くないがやはり外の景色が見える路線がよい。秋の好天、先頭車両の運転手の後ろなどは最高だ。いい年をしてと思うが、時に銀色に時に鈍色に変化しながら伸びる鉄路が車両の下に吸い込まれてゆくのを見ていて飽きない。以前は背伸びしてやっと前が見えるような坊主どもと場所の取り合いをしたものだが、この頃は競争相手の子供達は少なく、悠々と陣取れることが多い。
 国鉄今はJRか、も悪くないが、どうも車体が大きく沿線の街並みも取り澄ました感じがして私好みではない。
 庶民の息づかいが聞こえるような軒先をくぐり、ガタゴトとのんびり郊外へ向かう私鉄沿線を眺めるのが私の趣味だ。駅前商店街もこじんまりとして、夕方灯がともり始めた頃、遮断機の警報音がぽわーんぽわーんと響く人住む町の風情は郷愁を誘う。そこには敬愛味読する川本三郎さんの世界が展開されているに違いない。
 最近は人件費節約のためかワンマンカーもあり、運転手の仕事も増えたようだ。何となく後ろで見ている客が気になる運転手も居て、ちらっと視線を感ずることがある。そうゆう運転手に限って確認動作がちょいとおざなりで、ちゃんと声が出ていない。一瞥なんぞ気にせず、ますますぬかりなく観察してやる。
 江ノ電や井の頭線は下町というのではないが好みだ。大津市内の京阪もいい。まだいくつかお気に入りの路線があるがそれは又いつか。それに私の知らないのんびり楽しく懐かしい私鉄路線も数多いだろう。
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ノーベル賞余話

2008年10月20日 | 世界
 今年は日本から科学部門で4人のノーベル賞受賞者が誕生した。素晴らしい。南部さん以外の名前は存じ上げなかった。そのせいか南部さんは別格の感じを受ける。業績が確立してからの受賞なので何十年も前の仕事が対象のようだ。それだけ先見性があったということなのだろう。
 物理学賞の受賞業績はなぜ世界が生まれたかを説明する理論に関係するもので、その鍵は対称性の破れがあると無に帰さないところにあるようだ。残念ながら私の高校レベルの物理能力では十分には理解できない。素人向けの解説書を読めば分かった気がするのだが、具体的な方程式の問題を出されても解くことができない。問題を解くことが出来ないとどうしてもきちんと分かった気がしない。
 ただこうした理論を読みかじると、質量というものが今までの理解と違って感じられるようになる。日常的には質量は重量として感じられ、重量は存在感へと連想が働くせいか、存在の証明のように思っていたのだが、それは人間の感覚の都合で質量のないものも存在する。質量はエネルギーや運動との関係の中で決まって来るものらしく、どんなに小さくても動きにくいと質量が生ずるらしい。対象性の破れがほんの僅かでもほとんど無限が合わされば、塵も積もって宇宙になる。
 それにしても、宇宙の起源の話になると、なぜ人間の祖先は神が最初に光あれと命じたのを知っていたのだろうと不思議に感じる。普通の人間は光が唯一特別な存在とは思わないのではないか。基本的な物としても風や水や土と同格のものに感じていたと思うのだが。
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