駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

どうしてこんな見出し

2008年08月21日 | 医療
 「無罪に医師は安堵、遺族は涙」。どうしてこんな見出しを付けるのか。
 医師は安堵なんかしていまい。若い命が失われた時から、力及ばず無念で、申し訳ないと感じていると思う。落ち度が無くても、若い命が失われれば、執刀医はつらいはずだ。
 何人も働き盛りの患者さんを看取ってきた。助けようがない病態でも、遺族にお礼を言われても、自分が力不足に感じられ申し訳ない気持ちがするものだ。こうした私の経験から推し量った。
 若い命が突然失われた理不尽に怒りが込み上げるのは痛いほどわかる。良いこととは思わないが、誰かを一時的に恨みたくなるのも遺族によってはやむを得ないかもしれない。
 重症患者を診る医師は不幸な転帰となった患者さんの家族から恨みがましいことを云われた経験があるはずだ。そうした時、誰かを恨みたい気持ちを汲んで黙してきたと思う。しかし、刑事責任を訴えるとなれば別のことだ。一体どのような犯罪があったというのか。たとえ無罪になったとしても結果が思わしくないからと刑事責任を問われれば人間として医師として傷つき失うものは大きい。リスクの大きい患者さんや無理な要求をされる患者さんを避けるようになるのは当然だろう。リスクのある患者さんの多い診療科は敬遠される事態になる。いや、もう既にそうなってきている。
 「遺族は涙」。まるで恨みを晴らせぬ悔し涙と云わんばかりでないか。私ごときが忖度することではないかもしれないが、いかんともしがたい悲しさの涙だったかもしれない。
 この見出しからは何も生まれない。報道の見出しから、率直にに感じたことを書いた。
 私が医師だから医師寄りの感想に受け取られるかもしれない。そうしたつもりないが、それは読んだ人に判断して貰いたい。
 
 

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2 コメント

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人事を尽くして天命を待つ (old-dreamer)
2008-08-22 17:10:58
まさにご指摘の通りと思います。社会的に影響力のあるメディアなどの思慮の足りない論評が、健全な社会・職業倫理の形成を損なうことは実に残念です。結果としてリスクを回避し、安全な小世界に逃避する動きを増長し、社会の退行現象を引き起こします。医学部などでも外科医志望者の減少が問題となってきました。精神の退廃は表に見えないだけに深刻です。現場からのご発言・提案を切に期待しています。
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当事者精神を (arz2bee)
2008-08-22 23:12:44
 客観性を尊重し、当事者精神を持って報道すれば、上滑りでない論調になると思います。メディアに携わる方は自分達の持つ影響力の大きさを忘れないで欲しいですね。
 ちょっと過分な期待をいただいておりますが、これからも診察室から発信します。
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