「技打ち」の3文字を初めて見れば、「わざうち」と読む人が多いだろう。
これは「ぎうち」と読む、技術打ち合わせの略語だから。
わざは個人のもの、打ち合わせる技術はグループのもの、技を「わざ」と読ませないわけが、そのあたりにもありそう。
ちょっとこじたかな。
「技打ち」の3文字を初めて見れば、「わざうち」と読む人が多いだろう。
これは「ぎうち」と読む、技術打ち合わせの略語だから。
わざは個人のもの、打ち合わせる技術はグループのもの、技を「わざ」と読ませないわけが、そのあたりにもありそう。
ちょっとこじたかな。
キューシート、きっかけの表、合図の表とは何だろう。
キューは、出されるたびごとの所作だけではなく、曲、劇、番組総体の節々に示される合図の集合体の意味を持っていそうだ。
キューシートは番組の進行表と、簡単に片づけてしまうと、ちょっと意味がずれそう。
通常は、番組の開始から終了までの構成を、秒単位で記し、これを元に番組の時間割が構成されていたり、この記録によって、著作権使用料の徴収・分配に必要な資料となったり、役割は広く厚い。
終わってしまえばただの紙切れ、というとこでもなさそうである。
違う場所、別の時間、画面を繰り返し入れ替えるカットバック。
むやみやたらにこれをやられると、話の筋が読めなくなる。
訳がわからなくするのが俺の流儀だとばかりに、下手な筋書き屋さんや偉そうな監督さんがカットバックを乱用すると、ただ目まぐるしいだけの映画が出来上がる。
話の中身のつまらなさを、技法で補って見せようとする近頃の映画には、こういうものがときどき見られる。
TVで、CMがかたまって放送されることがある。
CMの放送時刻をあらかじめ決めてないと、こういうことになるのだろうか。
アンタイム、変な言葉だが、ないことを言い表すのはむずかしいもの、こうなるのかなあ。
一つの番組に複数のスポンサーが共同提供することを「あいのり」と呼ぶ。
TVでその紹介画面を見ていると、お互いにまったく無関係な会社が一緒に出てくることがある。
いちいち覚えてはいないが、それが面白いと思うときもある。
イベントに向いた格好のロケーションが得られるところを捜して歩くロケーションハンティング、縮めてロケハン。
これぞというロケーションが見つかっても、もうそこに行く必要はなくなった。
ロケーションを上手に持ち帰る、take away でよくなったから。
そうなると、ロケハンではなくロケテカとでもなるのかな。
画面を横からふき取るように消す場面転換技術、それがワイプ。
それにまた、VTRが流されている間に、出演者を見る側として出して見せる小窓もワイプだそうだ。
まさか、気に入らない出演者を画面から追い払う気分でそう呼ぶのではないと思うが。
放送局の本社と支社、あるいは本社とスタジオ間で往復する宅配便の箱。
放送素材や書類を運ぶ重要な箱。
これをバッグ便としている解説がある。
箱でもバッグと呼ぶのだろうか。
そうか、バッグが袋の中身を指すこともあるように、箱の中身が袋入りなら、それもバッグだった。
バイク便と言ったのでは、中身は何でもということになるから、運ぶ人はバイク便、運んでもらう人はバッグ便、どう聞こえても、頼むよ、ホイ来たで通じればよさそう。
放送素材でも書類でも、電送ができそうに思う昨今、まだバッグ便は忙しく往復しているのだろうか。
生のコマーシャルが生コマ。
缶詰めになったのはカンコマだろうか。
ときどき干物になったようなコマーシャルがあって、それがどういうわけか二度ずつ繰り返し放送される。
干物は裏表ひっくり返してしっかり焼けということなのか。
一度使えばなくなる小道具、それが消え物。
使わずにいるうちに、なくなって消えた、あったはずだがというものは、何と呼ぶのだろう。
存在の不確かなものほど、所在の管理がだいじ。
打ち出の小槌というのは、あのおじさんの別名だったか。
アナウンサ―に読ませる原稿がアナゲンだそうだが、
コメンテイターやタレントに読ませる原稿は、コメゲンとかタレゲンと言うのだろうか。
アナゲンには、そのまま読んだのでは意味の通じないものや、反対の意味にとられそうな酷いのが、ときどきある。
アナウンサーいじめではないかと思うようなのもある。
しかし、読むほうも読むほうで、「霊峰 ↑富士」を、藤の一種であるかのような「レイホー↓フジ」と読まれるのでは、アナゲンにも音符が必要になってくる。
みなさん いよいよ苦難の年の幕開けです。
深呼吸できる空気もあればよし
とにかく元気を出すよう心がけましょう。
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画像に埋め込まれた文字は、複雑な背景に重なると読みにくい。
文字の書かれる範囲を単色にしておけば、文字が座布団に乗った形になって読みやすくなる。
こういう場合の座布団は、いくら新年向きでも高級な柄物は良くない。
あたりまえだが。
テープが引っ張られれば、その両縁は平行の直線になる。
テープが何かの拍子で、と言っても多くは粗雑な扱いが原因なのだが、ヘロヘロに伸びたり縮んだりすると、あの海藻を連想させる姿になる。
そう、代表格のわかめだ。
実際のわかめは、平らな面に広げて置けば、痛んだテープの両縁のようにはならなくても、海中に揺らぐ姿は曲線部だけが目に映るから、あらめでもめかぶでもなく、やはりわかめと呼ばれるのだ。
来年はもう少し見極めのつく年にしたいものです。
みなさん、元気を出しましょう。