ペンギンは面白い鳴き方をします。
http://www.youtube.com/watch?v=1INcfeL2qZI
鳴く鳥なら何でもその鳴き声を楽しめるとも限りません。
鳥ならば、姿を見て楽しむか、声を楽しむか、どちらかが重点にされます。
ウグイスは姿を見ないほうが幸せでしょう。
ウグイス色という言葉に騙されて、メジロをウグイスと見間違えておいたほうがむしろ佳いかもしれません。
Windows 8 は“見る”ためのOS、Windows 7 以前は“する”ためのOSであったようです。
Windows は 8 になって頭を使わないOSに転換したと昨日の記事に書きましたが、使わないのではなく、頭の働かせ方の重点が“する”ことでなく“見る”ほうに移ったと言ったほうがよいでしょう。
新しいパソコンを買う人は、最新のOSをどうぞと Windows 8 をすすめられます。
しかし、その人が“する”ことを望んでいたとすると、買ったものと使い道とがしっくりこないことになります。
ここまできて、何かもやもやしていた疑問が解けたような気がします。
その疑問は、Windows 8 を使い始めてまた Windows 7 と同じ使い方のための設定をするのはなぜかということだったのです。
新しいものなら最新の 8、それは“見る”型なので、“する”型として使いたければ 7 に戻しても使える、つまり Windows 8 は変幻自在の万能OSなのだと思えばよかったのです。
さて、パソコンを“する”ことに使うにはサポートが必要です。
しかし“見る”ことは、それぞれ見たいように見ればよいので、サポートは不要です。
“見る”ことのサポートは、劇場の座席案内が隣に座って見方の解説をするようなもので、滑稽でもあり、邪魔にもなります。
道具を使いやすく使うには、用途を見分けることが必要でしょう。
見分ける用途とは、どう使うかという使い方ではなく、どちらを使うかという使い道なのです。
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