現代の子どもたちは「視覚」によって認識するものが多すぎます。
「テレビ」「ビデオ」「ゲーム」「パソコン」…
周囲にはありとあらゆる視覚的刺激が溢れています。
でも、それって「見る」=「目に入ってくる」ことであって、「観る」=「よーく観察する」ことにはなっていないような気がします。
もっと言えば、「観る」ことよりさらに少ないのが「聴く」=「耳を傾ける」体験。
「聞こえてくる」音は多いけど、集中して「聴く」ことを要求される場面が少ない。
たとえば「ラジオ」
今の子どもたちは、「ラジオ」というものをほとんど聞いたことがないのではないでしょうか?
私など、「オールナイト・ニッポン」「セイ・ヤング」世代。
学生時代、深夜に勉強するふりして(ニタニタしながら)よく聞いたものでした。
耳からのインプットだけだったけど、それが逆に脳を刺激して「イメージ」の世界が拡がったような気がします。(勝手な理屈?)
別に、ラジオを聴け!と言うのではありません。
子どもたちにも、「聞く」=「聞こえてくる」ではなく、「聴く」=「耳を傾ける」ような経験をもっともっと積んで欲しい、と思っています。
そんな経験を手っ取り早くしかも家庭でできるのが「読み聞かせ」ではないかと思います。
先日、開智の「リーダースシアター」(朗読劇)を見ていてちょっとだけ気になったこと…
子どもたちはみなソツなくセリフをこなしていました。
けれど、抑揚がなく感情の起伏が聞き手に全く伝わらないような「棒読み」の子も、中にはいました。
もちろん恥ずかしさもあり、一刻も早く終わらせたくて早口や棒読みになっていたのだと思いますけど…
「読み聞かせ」してもらった子は、読み聞かせしてくれた大人の口調そっくりになるものです。
挿絵をふんだんに使った美しい絵本の読み聞かせは、それはそれで良いとは思います。
「絵」からさらにイメージが拡がりますから…
「きね」「うす」「ちょうちん」「ざる」「かまど」「かま」「くわ」
…こういった昔ながらの道具など、昔話の読み聞かせをしない限り、現代の子どもが触れる機会などなかなかありません。
でも、慣れてきたらむしろ挿絵の少ないもので読み聞かせをしてみてはいかがでしょう?
さらに慣れてきたら、全く絵のない本で読み聞かせするというのも良いかもしれません。
そうするとさらに「イメージ力」が養われるのではないかと、私は思います。
国語を指導していて思うのは、この「イメージ力」の大切さ。
文章読解の苦手な子は、文章を読んでもその場面がイメージできないのです。
当然、登場人物の身になって共感し、考える、ということがとても苦手です。
読み聞かせが終わったら、子どもにいろいろ質問してみるのも良いですね。
これこそが「お受験」における「お話の記憶」の練習です。
「お受験」では、まさに、この「聴く力」そして「イメージする力」こそ、求められているのです。
この「聴く」ということができれば、「お受験」の8割方はクリアしたと言っても過言ではないと思います。
また、「聴く」ことができる子に育つと、たとえ「お受験」しなくても小学校に上がって先生の言うことにきちんと耳を傾けることができる子になります。
そういう子は、成績も伸びます。
ぜひ「聴く」力のある子に育てましょう!
「テレビ」「ビデオ」「ゲーム」「パソコン」…
周囲にはありとあらゆる視覚的刺激が溢れています。
でも、それって「見る」=「目に入ってくる」ことであって、「観る」=「よーく観察する」ことにはなっていないような気がします。
もっと言えば、「観る」ことよりさらに少ないのが「聴く」=「耳を傾ける」体験。
「聞こえてくる」音は多いけど、集中して「聴く」ことを要求される場面が少ない。
たとえば「ラジオ」
今の子どもたちは、「ラジオ」というものをほとんど聞いたことがないのではないでしょうか?
私など、「オールナイト・ニッポン」「セイ・ヤング」世代。
学生時代、深夜に勉強するふりして(ニタニタしながら)よく聞いたものでした。
耳からのインプットだけだったけど、それが逆に脳を刺激して「イメージ」の世界が拡がったような気がします。(勝手な理屈?)
別に、ラジオを聴け!と言うのではありません。
子どもたちにも、「聞く」=「聞こえてくる」ではなく、「聴く」=「耳を傾ける」ような経験をもっともっと積んで欲しい、と思っています。
そんな経験を手っ取り早くしかも家庭でできるのが「読み聞かせ」ではないかと思います。
先日、開智の「リーダースシアター」(朗読劇)を見ていてちょっとだけ気になったこと…
子どもたちはみなソツなくセリフをこなしていました。
けれど、抑揚がなく感情の起伏が聞き手に全く伝わらないような「棒読み」の子も、中にはいました。
もちろん恥ずかしさもあり、一刻も早く終わらせたくて早口や棒読みになっていたのだと思いますけど…
「読み聞かせ」してもらった子は、読み聞かせしてくれた大人の口調そっくりになるものです。
挿絵をふんだんに使った美しい絵本の読み聞かせは、それはそれで良いとは思います。
「絵」からさらにイメージが拡がりますから…
「きね」「うす」「ちょうちん」「ざる」「かまど」「かま」「くわ」
…こういった昔ながらの道具など、昔話の読み聞かせをしない限り、現代の子どもが触れる機会などなかなかありません。
でも、慣れてきたらむしろ挿絵の少ないもので読み聞かせをしてみてはいかがでしょう?
さらに慣れてきたら、全く絵のない本で読み聞かせするというのも良いかもしれません。
そうするとさらに「イメージ力」が養われるのではないかと、私は思います。
国語を指導していて思うのは、この「イメージ力」の大切さ。
文章読解の苦手な子は、文章を読んでもその場面がイメージできないのです。
当然、登場人物の身になって共感し、考える、ということがとても苦手です。
読み聞かせが終わったら、子どもにいろいろ質問してみるのも良いですね。
これこそが「お受験」における「お話の記憶」の練習です。
「お受験」では、まさに、この「聴く力」そして「イメージする力」こそ、求められているのです。
この「聴く」ということができれば、「お受験」の8割方はクリアしたと言っても過言ではないと思います。
また、「聴く」ことができる子に育つと、たとえ「お受験」しなくても小学校に上がって先生の言うことにきちんと耳を傾けることができる子になります。
そういう子は、成績も伸びます。
ぜひ「聴く」力のある子に育てましょう!