教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

恐怖と戦う

2013-02-20 00:04:18 | オタネタ全般
例のごとく先日の記事のコメントに対しての返信をここで。






> 負けを取り戻そうとしてさらに大きく負ける悪循環にも陥りがちになってしまう。
>
> ここにはきっとプライドが関係していると思います。

たぶんこれは以下のような状況をテンプレパターンとしていい問題かと思います。



とある日、競馬場に行ったとします。
レースがはじまり、馬券をどんどん買っていきました。
しかし、何レースやってもぜんぜん勝てません。
胸クソ悪いからこのまま帰ろうかとも思いましたが、せっかく競馬場まで来たのだからと、やっぱり次のレースも馬券を買うことにしました。
最終レースが近づくにつれ、だんだん焦ってきます。
こうなるとどんなに手堅いレースでもオッズが高い馬券しか買いたくなくなります。
そして当然のようにまた外れます。
そこで思うことは次のとおり。

「やっぱりなー。
 俺はわかってたんだよ、さっきのレースは手堅いから○○を買えばいいってことは。
 でも何で俺はこんな外れるのがわかっていた変な馬券を買ったんだ…」



ちなみにわたしは馬券は買ったことすらありません。
とはいえ、株の世界は馬と全く同じくこんな感じです(笑)。

この例で失敗した原因は何でしょうか?

1つは、当たりを引けるクールな自分を誇りたいという自尊心もありましょう。
ですがわたしはの根本原因を「恐怖」だと判断します。

恐怖とは?

それは、損失が確定することの恐怖です。

これはお金の損得だけの話ではありません。
10年司法浪人してなお合格できない人のこれまでの10年分の人生、といったようなものも含まれます。
10年間がんばって勉強してきた自分が合格できないのは人一倍がんばり屋の自分のプライドが許さない…ではなく、10年間がんばって勉強してきた自分の人生が無駄だったとみなされるのが恐ろしくてそうなることに自分が耐えられない…というほうがニュアンスとして近いことはおわかりいただけるかと思います。
株やFXや先物で相場を張っている人間にとって、この恐怖は(ボロ勝ちして浮かれているとき以外は)ほぼ常にとてつもないプレッシャーとなって自分にのしかかります。

この恐怖に打ち勝つには?

恐怖に打ち勝ってどんな時でも平常心を保とう…というのはたぶん無理でしょう。
ですがわたしは、恐怖に判断を狂わされないようにすることはある程度は可能だと考えます。

それをどうやって?

1つは、可能な限り冷徹に理詰めで未来予測することだと、わたしはそう思っています。



この先いったい何が起こるか?
自分がそう考えた根拠は何か?
その根拠は誰かが言ったからではなく自分で考えた結論なのか?
その分野にかけてはセールスマンに説教できるくらい自分で調べて詳しくなれたと言えるのか?
自分が予測した未来と矛盾しているデータをあえて無視しようとはしていないか?
その矛盾しているデータはいったい何の兆候なのか?
ワーストケースでの損失はどれくらい発生するか?
自分が損失を許容できるのはどこまでなのか?
自分の予測は直感的にどれくらいの確率で外れそうか?
自分の予測が外れた事実は何を見ればグウの音も出ないほど明確に判断できるのか?
自分の予測が外れた場合には何が起こるのか?
そのとき自分は何をすべきなのか?
なるべくワーストケースが発生しないように平行して準備できるようなことはないのか?
損失が出た結果を見て、その原因を韓国人かのごとく他人の悪意のせいにして自分のせいではないと無理に自己弁護しようとしていないか?

それをあらかじめ考えておけば、恐怖に抗うことはできませんが、恐怖に判断を狂わされにくくはなります。

たとえば競馬でいうと、その馬が勝てる根拠を自分でもうまく説明しきらないような馬券は買わない。
たとえば株でいうと、今が損しているかどうかにかかわらず今の株価にその価値があるかどうかを検討し、価値がないなら損してでも売る。
たとえば受験勉強でいうと、あと1浪しても受かりそうにないくらい難易度の高い大学のために浪人することはしない。
たとえば司法浪人でいうと、目標を弁護士から司法書士に切り替えるプランを検討する。
たとえば婚活でいうと、要件を満たした人が統計的に存在しうる程度に緩和した要求スペックにする。
たとえば二次元の女の子との生活でいうと、このまま迎えた人生の老後までと方向転換して迎えた人生の老後までを想像してみる。

・・・という具合にですね。

これは、未来は確実に明るく、運は自分に味方している、とにかくがむしゃらにがんばっていれば神さまは良い結果を与えてくれるはずだ、そう思ってしまいやすい人では絶対うまくいかないでしょう。
現実世界にどこか絶望していて、それを冷徹に見られる、そんな人に向いているやりかたではないかと思います。



こんだけえらそうなことを書いておいて何ですが、それを自分で日々実現できているなんてとても言えませんけど(笑)。