あれはとても特別な時間だったんだと、思い出している。
今年の春に初めての旅公演で、上田の町へはじめて行った。
長野県にある静かな町だった。
人々もあたたかな方ばかりで大好きになった。
公演は朗読劇で、いろいろハプニングはあったものの、盛況に終わった。
毎公演後に、生演奏でピアノを弾いてもらっていたMahsaさんが、自身のオリジナル曲を歌ってくれた。
ある曲の、作詞の一部を替えて「この美しい千曲よ」と歌われたのが印象的だった。
聞いた時にハッとしたことを覚えているからだ。
「千曲川(ちくまがわ)」
社会の授業などで聞いたことのある川の名前を、なんて美しい響きなんだろうって、急に思った。
メロディーに乗って聞こえたからだろうか。
どんな川なのか。
昔から、川を時々、無性に見たくなる。京都の川の多い町なかに育ったからだろうか。
だけど住んでいる東京には川が少ない。
少なくとも私の家の近所には。
上田に滞在していた3日間は忙しくて、それがどんな川か確かめることはできなかった。
夏にイベントで、また上田の町へ行く機会があった。
この時も忙しくて、1週間近くもいたのに、とても観光などできる余裕はなかった。
だけど最終日、「今日こそは」と早起きして、あの時「美しい名前」だと思った川を見に行った。
ようやく確かめられた、ちくまがわは、前日に降った雨のせいか、ずいぶん濁っていた。
それでも真夏の陽射しを反射して、なみなみと、おおらかに、水を湛えていた。
川を見ながら、私はいくつかの考えごとをして、答えを探した。
この夏の、印象に残ったある朝の思い出だ。
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