砂田は、1937年東京生まれで1962年早稲田大学卒業という小沢の経歴から60年安保の挫折が、このユニークな幼年童話作家を誕生させたのではないかと推測しています。
つまり大学在学中に60年安保闘争を経験し、その敗北の影が作品に色濃く投影されているということです。
砂田は小沢より四歳年長ですが、同じ早大童話会の先輩なので小沢とは旧知の仲だと思われますので、このように述べているのでしょう。
私は小沢よりも17歳年下で60年安保はおろか、70年安保にも間に合わなかった世代ですが、1973年に同じ早稲田大学に入学したときにキャンパスに漂っていた挫折感は今でも覚えていますし、小沢の代表作である「目をさませトラゴロウ」を読んだ時には砂田と同様の感慨を抱きました。
砂田は、1965年に出版された小沢の連作短編集「目をさませトラゴロウ」の各短編には、徒労感、倦怠、連帯への絶望などが漂っていると指摘しています。
しかし、「さいごの物語「目をさませ トラゴロウ」で、作者は動物たちに、トラゴロウ(物語の主人公のトラ)を目ざめさせるためにうたわせ、目をさましたトラゴロウとともに<まちがかわる日のうた>を合唱させる。<中略>それは祈りにも似た合唱であり、読者はそのユートピアから気の遠くなるほどへだてたところにいる自分に気づき、ため息をつくことだろう。そしておとなも子どもも、自分がほかでもない「トラゴロウ」そのものであることを、いまいちど確認させられることになるのである。」と砂田は述べています。
ここで、その<まちがかわる日のうた>を全文引用します。
「あるあさ
目をさますと
まちが かわっている
サーカスからも
どうぶつえんからも
おりが なくなっている
そして どうぶつたちが
まちの人と いっしょに
とおりを あるいている
だけど まちの人は みんな
へいきなかおを してるんだ
どうぶつたちが
まちを あるくのは
ずっと ずっと むかしから
あたりまえのことだった
とでも いうように
へいきなかおで
どうぶつたちといっしょに
あるいているんだ
そんな日が
はやく くるといいな
ほんとに はやく
くると いいな
そんな日が
はやく はやく
くると いいな」
そして、小沢は、読者にも一緒に<まちがかわる日のうた>を歌うことを呼びかけます。
悲痛なまでの連帯への願い(それは絶望の裏返しなのでしょう)とユートピアを夢見る<まちがかわる日のうた>を読んだ時の激しい共感を、四十年以上たった今でもはっきり覚えています。
目をさませトラゴロウ (新・名作の愛蔵版) | |
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