誰でもほめられればうれしいものです。
ほめられるということは良いところを認められているということですし、指導者側もそれだけ生徒の様子をよく見ていなければなりません。
この教えは私たちが日々の実践のなかで不得手としている教えの一つかもしれません。
どうしても欠点ばかりに目が向いてしまい、そこを注意したくなります。
良いところをあえてほめるということは、注意をすることに比べると少なくなってしまうものです。
ほめるというのは簡単そうなことですが、注意をすることよりも難しいものです。
前にも経験していることなのですが、全員の前で一人の生徒をほめていたらほめられなかった生徒がひがんでしまったり、励ますつもりでほめていたらお世辞のように受け取られてしまったこともありました。
うれしくないほめられ方をした場合にはそのことが逆効果になったり、他の生徒の気持ちも考えなければならない場合もあり、ほめることもお互いの信頼関係があってはじめて効果的なものとなります。
最近は先生とコミュニケーションを取りたいと考える選手が増えています。
生徒が直接先生と話をすることは難しいと思いますので、ほめることでコミュニケーションを図るきっかけにもなります。
そのためには日頃から生徒の表情や態度などの様子をよく観察することが必要です。
今までもそれを見逃していたばかりにコミュニケーションをとることが遅れ、問題の解決に時間がかかってしまったことがありました。
生徒の様子をよく見ることでほめる部分も探せるものだと思います。
ほめることはその人の良いところを認めることであって、自分の良さが認められるのは大人でもうれしいものです。
それが自信となり、次への努力にもつながります。
ほめることの「こつ」として教わったことは、第三者の立場を利用することです。
直接ほめることも大切ですが、第三者にその人の好さを伝えたり、第三者の立場でその人をほめてあげることで、よりほめることが効果的になるということです。
「あの先生がこんなことをほめていたぞ」ということを生徒に話すと、皆驚いたように嬉しそうな顔をします。
自分の知らないところでほめてくれていた、ということを知るとほめてくれた人に対する見方も変わるものです。
それとは逆に最悪なことは、第三者に対してある人物の批判をすることです。
それが本人に伝わったら、その人はどう思うでしょうか。
第三者に対してほめることはいくらしてもよいと思いますが、批判する時は気をつけなければなりません。
これからもこの教えを忘れることなく、ほめることをたくさん見つけたいと考えています。
竹村知洋