孫文さんの“多摩たまの隠れ部屋”ブログ編

「孫文さんの“北京の隠れ部屋”」を「孫文さんの“多摩たまの隠れ部屋”」に変更しました。

Battleship Mikasa

2011年10月05日 06時06分06秒 | 日本雑感 (日本の話題何でも)
横須賀の港お見学後、三笠公園に向かった。三笠公園には日露戦争時の海軍の連合艦隊の旗艦として活躍した戦艦三笠が記念館として飾られている。
先月、山東省の威海を旅行し、黄海海戦で日本と戦った清国の定遠のレプリカ船を見てきたので、その関連で三笠も見てみたくなったのだ。
威海で見た当時最強の軍艦といわれた北洋艦隊の定遠よりは少し時代が後ろになるのだが、定遠の時代から三笠の時代に変わり装備に格段の進歩があるし排水量も異なる。

*** 清国の定遠と日本の三笠との比較 ***

      定遠           三笠
進水  1881年12月28日    1900年11月8日
就役  1885年10月29日     1902年3月1日
    1895年2月10日、自沈
排水量 7,144トン(常備)   15,140トン(常備)
最大速度 14.5ノット       18ノット
全長  94.5m         131.7m
主砲  305mm連装砲 2基4門  305mm連装砲2基4門

東郷元帥と記念艦三笠


三笠の艦尾 (艦尾の部屋は指令長官室)


三笠全景


威圧感がある主砲、また錨の収納位置が現代の船とは異なる




副砲


艦橋部


艦後部の無線用アンテナ


アンテナは無線室に引き込まれていた