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朝青龍からいきなりキース・ジャレットに飛ぶのもなんなんですが。。。
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キースの新アルバム、出ましたね~!友人ぱんださんがさっそく買って来てくれました。
2008年にパリとロンドンで録音された、例によって全曲即興でのソロ・コンサートのライブです。
その名も「Testament」、おいおいまさか本当の遺言じゃないでしょうね!頼むよ。
そのタイトルにふさわしく、いかにもキースの人生の走馬灯のように、異なったスタイルで演奏される、凝縮された短編集である。
私、2006年にパリのサル・プレイエルで行われたソロ・コンサートには行ったんです。去年も来ていたのか?知らなかったな。聴いてみると、す~ご~い~ぞ、これが!
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彼の足跡をコンサートやCDで聴くことは、動く生きた音楽史を生で見ているようなものである。
音楽が生まれでる、その瞬間。それに私たちは立ち会うことが出来るのだ。
それは全てを即興で行う、というリスクを彼が背負うことによってしか生まれない。
私たちはキースを聴けて幸せだが、彼の立場になってみれば、十字架を背負って生きてるようなもんだと思う。
次にでてくる音を、彼自身も知らない。
こんなピュアな音楽との関わり方を、私は他に知らない。
そりゃあ即興で演奏する=好きなことを適当に弾く。とう安直な考え方なら、誰にだって自分のエゴをいくらでもブチまけ表現できる訳だけど、そうじゃないよ。「そこになければならない音」を自分自身を媒体として探し、最大限に自分のエゴを取り払うことによって構築しているのだから。そのとき、「自分はエネルギーによって使われている、使われたい」と感じるそうである。(キース・ジャレット著「インナー・ヴューズ」より)
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2006年11月のパリ・コンサートの衝撃は一生忘れられないこととなった。だれだってキース、といえば「ケルン・コンサート」みたいな完璧無比な演奏を期待してくる訳である。
この日も6ヶ月前からチケットは完売、みんなキースが現れ、ピアノに指を置くのを息をつめて待つ。。。かと思いきや、会場かなり騒がしい。さすがエゴの都パリ、もとい花の都パリ。みんな仕事帰りに友人らとぺちゃくちゃおしゃべりし、完成されてば~ん、と始まり、拍手でめでたく終わり、今晩よかったよね~、じゃあ、飲み行こっか!という普通のコンサートに来ている感覚らしいのである。しかし、実は違った。キースはピアノと格闘しているように苦しみはじめる。スタイルの違う短い曲を数曲つなげていきたいらしいが、あのいわゆるみんなが知ってるグルーヴィーでメロディックなやつじゃなく、無調、複合調のものをやろうとしていることもあってか、会場のエネルギーと彼のエネルギーが一致してないというか、なんというか、不完全燃焼のまま、第一部、終了!
第2部、キースがピアニッシモからまた、無調の曲を模索し始める。会場は騒々しいまま。「げほっ!」「ごほっ!」と咳があちこちに聴こえる。数分経って、キースは弾くのを突然やめ、聴衆の方を向き直った。やおら、英語で言い放つ。「いったい、現代の集中力はどこへいったんだ!!
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聴衆、まさかこんな運びになると思ってないのでびっくり
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キースが続けた。「あんたがたは一体、私の何を求めてここに来ているんだ」
しばしの沈黙のあと、聴衆はぼつぼつ叫び始めた。「感動を!」「あなた自身を!」「あなたの音楽を!」等々。。。
しばらくの討論会のあと、キースはピアノに向かった。まるで聴衆に挑戦するかのように、ますますピアニッシッシモで曲を始める。かれが息を詰めて二つ目の和音を弾こうとした、そのとき!「ゲホッ!」
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ここで面白かったのが、極限に追い込まれた聴衆達の反応がいろいろに別れちゃったことである。
「70ユーロも払ったんだぞ!人をばかにしている
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「こんなの、プロのコンサートといえるか」と怒って帰っちゃう人。
あるいは、ただなすすべもなく待つひとたち。
シャベくり続けるひとたち。
拍手で、なんとか彼を舞台に呼び戻そうとする人たち。
測らずとも、ひとりひとりの聴衆の本性、というものをキースが暴露してしまったのである。
20分後。再登場したキースは半数ほどになっちゃった会場で、「今日この状態で即興演奏は無理だ」と言って、スタンダードを弾き始めたのでした。
その演奏のこの上も無く甘美だったこと!
これは私には始めての経験であり、私を揺さぶった。それはキースが「自分の弱さ」を聴衆の前でさらけだした、からだと思う。
だってコンサートって、音楽って、自分は完璧にできる、という強さを見せるためにやるものだし、(とくにコンクールなんてそう。)弱みなんて、だれだって見せたくないよ。間違えたりしたら、ゴマかし、弱みをみせないのがプロだと。みんな普通にそう思ってると思うよ。
けど、そんなの、ちっぽけだ。音楽を利用して自分をよくみせようとするなんて。
キースは世紀の天才でありながら、「できない」ということを本当にそのまま見せた。
それは音楽が人間を凌駕している、という畏怖の念を彼がもっているからであり、本当の音楽とは、エゴを超越したところにあるのだ、ということを身をもって示したいからだ。
現在の世の中に氾濫する、うわべだけの、計画されたウソの完璧さ。それに慣れたパリのブルジョワ聴衆を揺さぶったのだ。
彼こそ、ほんとうに、強い人間だ、と思う。
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来週より
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