March 26, 2018
最近私はロッカーになりつつある。
って、なんでやねーん!
実は、例によって「貧富の差を超え音楽ジャンルを超え云々」パリ市の例によるよーわからんプロジェクトに私らの即興アトリエが抜擢されまして。
学長先生「君たちは「現在の音楽」
を やっておるだろう。昨年のコンサートではエレキギターが入っているのを拝見した。よって同じ区内の地域文化センターにあるアトリエと共演して貰えないであ ろうか。私にはジャズ、ロック、その他の差は正直分からないのであるが」はあ、エレギが入ってるのが理由ですか。とても正直で今回は好感持てたわ(笑)
そこでそのセンターのアトリエの先生と連絡を取り始めたのだが、案の定そこでやっているのは流行りのポップスか一部のロックで、私らのやっているジャズや民俗音楽を土台にした即興面で発展させられるレパとはかけ離れていた。
やっぱり音楽院のような音楽を学ぶ場と、一般の人々がやっている音楽には、相当な乖離があるのだ。
そこでこれまであまり聴いて来なかったロックやポップを聴き始めたんだけど、ロックはこれがー!!凄いのがあるー!!思い切りハマってしまった。
私 のようにジャズ方面から来ると、先ずはロックのストレートさに面食い、時にはエゲツなさに参ってしまうのだけど、それを我慢して中に入っていかねば。。。 それではクラシックを初めて聴く人が、やたらとカデンツの前のトリルに気を取られ「モーツァルトていつも一緒だね」と言うのを聞いたことがあるけど、それ 同じだから、とにかく目につく表面の云々を超えて中に入らないといけないのである。
そ うやって最初に好きになったのがキング クリムゾン。クラシック顔負けの壮大な構築感、上質で絶対に頭から離れないメロディ、ジャズではあり得ないシンプルで圧倒的な集団即興、それらにロックの精神を融合させた斬新さ!!前に紹介した大好きなメデリック コリニャンがいつもクリムゾンを取り上げている意味がわかった。
そしてあのマイルスデイヴィスにして「こんな音楽がしたかったんだ」と言わしめたというジミヘンドリックス。。。Angelの余りのピュアさに泣けてしもた。
彼の即興のエネルギーはその時代の全てを取り込み、渦巻く炎や流れ落ちる滝のようで、素晴らしいとか、そんな言葉じゃ表せない。この人は歴史上のその音の現れるべき時点に存在し、そして唐突にブラックホールへと去っていった、としか言いようなし。
話逸れますが、私の愛するギル エヴァンスがアレンジしたジミ ヘンドリックス作品集、す、ご、す、ぎ、る!!
こ の人の理解力洞察力、ジミの音楽に対する愛、緻密で遊び心溢れるアレンジ。。というか、この人のアレンジは、オリジナル過ぎて(?)オリジナルをまた違っ た意味で超えている。アランフェスにしても、ポーギーとベスにしても。なんか、オリジナル聴いてると、ウズウズとギル版が聴きたくなるもの。
民 族パーカッションのクリストフ先生論によると、(この親愛なる同僚、民族音楽フェチなのかと思っていたらなんとなんと!!やたらにロックを知り尽くしてい て、今回ロック教に豹変!怖!!)現在では前述のクリムゾンやヘンドリックスのように「歴史に淘汰され選ばれた」それ以外の雑多な音楽、とくにファスト フードのように量産され入れ替わり立ち代り現れる大衆向けのチープな音楽のことをフランスでは「variété 」と呼んで区別する。成る程ね。生徒たちも今回いわゆる「ヴァリエテ」とクリムゾンのような音楽を両方実際に演奏してみることで、違いを体感してくれたら しい。日本ではヴァリエテに相当する言葉、あるのかなー?皆様教えてください。注ポップス、は「ポピュラー」=大衆的な、という意味があるから、ヴァリエ テと同義に見えるけど、でもロックにもジャズにも入らない上質な現在の音楽をポップと呼ぶこともあるものね。(ビョークとかymoとかケイトブッシュと か)私は日本では渡辺美里が好きでした。
ジャンルなんて関係ないでしょー、という声も聞こえて来そうだけど、いえいえ、私歴史は正直だと思うんです。
歴 史が形作って来たものを無視してはいけないと思う。根本の違いを本当に理解しないと、パリ市のお偉いさんが簡単に思っているような「ジャンルを超える」な んて出来ないと思う。そして理解のないままにジャンルを超えて、なんて偉そうに言ってると、一億総勢みんな音楽が「ヴァリエテ」になっちゃってたりするの よ。
ということで、最近もなんじゃかんじゃ、発見の連続であります!パリ市のお偉いさんに、感謝せにゃあ(笑)ウソウソ。