

と言っていたら、今日はまだ気温は寒いけれどついに春の一日目、という感じでした。

今回はどちらかというと政治の話だけど。。。近年のパリ市の傾向として、「エリート主義を改め、音楽を全ての子供達へ」というのがある。私たち音楽院の教師が小学校に出張授業し始めたのも、こういう考え方が根底にあるからだ。この間はこのプロジェクトの面白さを書いたけど、



音楽院のほうではまた違う問題があって、「エリート主義の音楽院」と政治家からレッテルを貼られるのを避けるため、口先だけで「子供のために」「アマチュアの育成」とかいうスローガンを振りかざす人が上に立つことが多くなってきた。しかし同じ人間が試験となると「なんなんだこの音は」「音楽性がないからだめだね」「スタイルを知らないよね、音楽をきいているのかね君」と来る。抜けられない高慢なエリート体質と、偽善スローガンの間のひどいギャップ



ところで、小さく豊かな世界が本当に存在するというお話を。。。田舎育ちの私はちょっと前まで「パリには自然がない!こんなところに住むのは嫌だ」と思っていたのですが、最近一歳半になる娘が歩きはじめて、近所の裏路地を一緒に散歩しはじめると、空き家の小さい庭の木の椿が満開だったり、(だいたい空き家があったことさえ気づかなかった)駐車場に小さな芝生があってそこにお花が植えられていたり(誰がいつ世話をしているんだろう?)、いろんな形の落ち葉が落ちていたり、ガス会社の黄色い登録マークが等間隔で貼られていたり、同じ時間に同じアパートの庭から灰色の猫が出て来たり(その後その猫のテリトリーもばっちり把握)。。。と、ただの裏路地になんともいろんなストーリーに満ちあふれているのでした。これは面白い

目線をふと上げると、近所の眼鏡屋さんのおばさんの顔がにっこり。「朝のお散歩ですか」。向かいのスーパーに入って娘が転んで大泣きすると、スーパーのおっちゃんが「あんたの娘さんは、まあ将来すごいキャラが保証されてる、っていうかね(笑)」同じ建物の下のアルジェリア人の仕立て屋さんとチュニジア人のおかず屋さんが「15分後に戻ります」の札を下げてモスクのお祈りに行きお店を留守にする時間を、近所の人たちはみんなよく知っている。そこではみんなが、いろんなうわさを話し、政治のディスカッションもする。お昼は、イタリアからやってきて細々と営んでいるご夫婦の料理屋で、奥さんのおばあちゃんのレシピというおいしいパスタを食べよう。アルジェリアの仕立て屋さんが「ここが一番」と太鼓判を押してくれたクスクス屋は、これぞサハラ!(行った事ないけど)な味

