ヘレン・ケラー物語に、サリバン先生のあの有名な「ウォーター!」の場面がある。
そう、水が手を打つ感覚に満たされ、そうしてそれが水という名前だと知る、あの場面。
あの場面が何故あれだけ感動的なのかと言うと、知覚が概念に先立っているという真理を突いているからだと思う。
フランスで音楽院や公立学校で長く教えてきた結果、感覚を開く以前に、先ず概念を教える教育が多く行われているようだ、と思うようになった。
キース・ジャレットの言う「鳥は自分が何の音階で歌っているか考えもしない。だからとても上手く歌う」、これである。
これは「音階の名前なんて知らなくて良い」という事ではない。
「概念」を感覚に先立って覚える事への警告なのだと思う。
私の経験では、パリの同じ地区の同じ年齢層の私の生徒たちが、音楽院でソルフェージュから習い始めて私のクラスにフルートを習い始めた子達と、小学校の課外授業でフルートを直接習い始めた子たちの間に、大きな差があることにびっくりさせられる。
端的に言えば、小学校で私と音楽を始めた子達は、表現することに戸惑いがない。それを当たり前だと思っている。だから楽器を吹いている時の身体の動きや呼吸が自然で、固まっていない。
対して理論から入った子達は、音楽と身体感覚の間に乖離がある。概念から音楽を始めると、呼吸が固まってしまうようだ。音楽院の即興アトリエでもそれで大変苦労しているのだけど、そういう生徒達の自分の本来持っている自然な呼吸や感覚を信頼させ取り返させるまでには、相当な時間がかかる。呼吸のないところに、リズムはない。
なので、この順番はとても大事だし、私たちは大人のフィルターを通した概念を教えるより前に、自分が子供だったときの感覚を思い出すべきだと思う。
自分の感覚を信じることが出来れば、概念なんて幾らでも後で吸収して、自分の音楽をする助けになっていくばかりである。
概念っていうのはそれを超えるために習うんだからね。
自由になるために必要な枠組み。
そういえば一番ものすごい本末転倒は日本の大学にいた頃の和声の授業だった。先生によると「モーツァルトは和声の違反が多いので聴いてはいけない」だって。
「和声理論」という概念の方がモーツァルトの音楽より後だった、という事実は全く想像の埒外らしい。
音楽には技術や論理といった厳しい側面があることは明白だが、それでも美術と同じく、やはり初期教育から表現するための「芸術」として教えるべきであって、でないとうまく弾くための機械の生産になってしまうのでは、と親友の画家の方と話していたばかりだ。
今回の小学校1年生との「スパイラル・プロジェクト」は即興をテーマにしたプロジェクトだが、私は一切「インプロヴィゼーション」という言葉を子供達の前で使わない。
先ずは自然の音の模倣や、自分の感情などを自分の身体で出せる音で表現してもらう。
色々な国のリズムを即興素材として提示するときも、先ずは模倣してそのリズムの感覚を掴んでもらって、そこから色んな自分で出せる音や発音出来るシラブルで、感じたものを発明してもらう。
子供によって、あるリズムは感じられ、あるリズムは難しい。それでいい。自分は出来て他の子には出来ないリズム、それを誇らしく思って出来ない子に教えればいい。私は「あなたは感じているね、ほら、完璧に出来ているよ」とはっきりみんなの前で言う。音楽にみんな出来るって言う平等なんてない。しかしそんなの出来なくたって、誰よりも風の音を上手く表現できる子だっている。誰よりも怖い時の叫び声を、豊かな音でバリエーション出来る子だっている。
子供たちの音と私の音を混ぜ合わせると、原始の感覚を開くことに立ち返らせられる。
自分のできる事、出来ない事、努力して出来るようになったこと、努力したらできるかも知れないこと。
子供達に、自分自身の感覚、そして自分にはないお友達の感覚も尊重して欲しいと思う。
こういう風にやっていると時々小学校の音楽の先生や担任の先生が心配そうに、説明を入れてくるのが面白い。顔には「名前、教えなくって本当に分かるのかしら?」「きちんと出来てないけど大丈夫?」とおっきく書いてある。
いいえー、大丈夫ですよ〜ー!!😉
自然に音楽が溢れ出して来た時、「これがあなた自身のインプロヴィゼーションだね、素晴らしいね!」って自然に言える時が来るのが来るのか、それは今後のお楽しみに。
私の信頼を寄せるミュージシャン3人と、子供たちによって音楽を爆発させる「スパイラル・メロディー/ビッグバン」は年明け、1月26日(木)パリ19区ジャックイベール音楽院にて。
また、一人で静かに自分の感覚に最大限に帰還し、尊敬する原始の感覚を持ち合わせた盲目の黒人ミュージシャン、ローランド・カークの夢の世界に重ねる「スパイラル・メロディー/ローランド・カークへのオマージュ」は2月10日(金)、フランス南部タルブにて。このタルブのコンサート二部では、トリオ経験を経てパワーアップしたウルクズノフ・デュオが演奏いたします!