最近、伝説の故即興ギタリスト、デレク・ベイリーさんの『インプロヴィゼーション:即興演奏の彼方へ』(竹田賢一+木幡和枝+斉藤栄一=訳、工作舎 1981) を読み直している。(3回目?)
この本は「即興〜インプロヴィゼーション」という、現在のクラシックの世界で忘れられがちな音楽の側面を、非常に多角的に、世界中の著名な即興ランゲージの奏者への、経験者にしか出来ない的確な視点でのインタビューをし、(インド音楽、ジャズ、ロック、フラメンコ、バロック音楽、教会オルガン音楽、現代音楽、フリーインプロヴィゼーション) それにデレクさんの注釈、考察を加えて、大変言語化することが難しい故に語られずにいた「即興」というものが包容する抽象性、分かりずらさに勇気を持って切り込んでいる。
個人的意見に偏った危険な断定をすることを避けつつ、自身の豊富な経験とインテリジェンスをフィルターとして、各ジャンルの専門演奏家の多様な意見から「即興」が何たるかをじっくりと炙り出してくる。
訳者による後書きによると、これは「あまりにも等閑視されていた課題にほとんど最初の一石を投じている」と書かれている。
大変に面白い、私の即興人生にとっては最高の書物の一つである。
__日本語訳者も前衛的大正琴の即興奏者さん、またデレクさんと共演していらした舞踏の田中泯さん繋がりの方々であると思われ、並々ならない、伝えたい意欲を感じさせる...___
先ずは序文で、インプロヴィゼーションによる影響を受けずにきた音楽分野などまずひとつもない、それにもかかわらずインプロヴィゼーションとは、その「インスタント・コンポジション」などというキャッチフレーズから、真摯なコンポジションと対比させることで軽薄で非論理的なもの、または準備の要らないもの、計画や熟慮を欠いたものなどという想像になりかねない、と書いている。
私の経験からしても、クラシック畑では「即興」とは意味がよく分かんないので怖がられたり、とりあえずスルーされたり、そんなものが出来るんだ?と変に尊敬されたり、相当に扱いにくい分野であることは、確かである。
「インスタントコンポジション」という言い方は、パリ音楽院の即興科にいたころから非常に違和感があったのを思いだす。だって本当にやって見れば、それは記述による作曲とは、比較するのも見当違いだと分かるから。
それに時々「キース・ジャレットの即興なんて結局準備したものを出しているだけ」とか、ジャズの話が出ると必ず「あんなのはどうせストックフレーズを練習して繋げているだけ」と言う人が私の周りにもいる。
こういう風に言う人は、それがやってみる価値のあるものかどうか、自分でやって確かめようとも思わないし、自分のやり方とは違う世界があるかも知れない、という微かな想像さえ抱かないみたいだ。
だからデレクさんはこの本を「即興を実際に用い、熟知している人たちのインプロヴィゼーション観を提示する」ために書いたと。
物言わぬ即興者たちが、ついに西洋音楽界のタブーを破った!
デレクさんはジャズや民族音楽などの即興を「イディオム・インプロヴィゼーション」、フリーなランゲージでの即興を「非イディオム・インプロヴィゼーション」と定義した。
しかし本の最終章では、豊富なインタビューと考察を経て、彼自身の中で、結局この二つに結局根本的な違いはないのではないか?と言う結論に辿り着きそうになり、そこがスリリングだ。(ちょっとはぐらかされるけど。そこがデレクさんらしい)
伝統言語では自らの言語が作ってきた「正統性」に囚われるのに対し、フリーインプロヴィゼーションでは「自己独自のスタイル」に囚われる。
しかし、あらゆるインプロヴィゼーションは概知のものとの関連において行われるので、その「概知のもの」が伝統的なものであるか、新しいものであるか、ただそれだけの差なのだ。(デレクさん)
「楽譜」と「即興」との関連は、今回ことに興味深く読んだ。シュトックハウゼンの「イーレム」という即興を取り入れた曲をやって、始めて即興に興味を持ったと言う、私も大尊敬しているクラリネット奏者、イギリス人のアンソニー・ペイさんの非常に興味深い話が出てくる。
ペイさんの言うように、楽譜と即興は、そう簡単には相容れない、それどころか、これを両立させるほど大変なことはない。(分かる!!) だからと言ってどちらかを放棄してしまう、(この本の中にもこういう両極端な人たちが登場する、もちろんちゃんとした経験あってだが) という考え方に私は納得できない。私が親しんできたこの二つの方法を、なんとか二つの世界を知って来たからこそ繋げて両立出来ないか。それが今年度の私の個人的な課題です。
らるちぇにっつぁトリオでの、デレクさんの言葉を借りれば「イディオム」(この場合はブルガリアの伝統語法)を超える挑戦、__どのスタイルにも属さない私にとって、イディオムインプロヴィゼーションとはイディオムに奉仕するものではなく挑戦するものだ__
また来月から始まる自作自演スパイラル・プロジェクト
音楽院の即興アトリエでの舞台演劇科との共同教育プロジェクト
また2月に予定されているフランス・フルートオーケストラ委嘱のカリブフルートとディジェリドゥの新曲プロジェクト
などなど…毎日秋の公園でこの本を読みながらぼーっとしていると、少しずつではあるが視界がクリアーになってくる。
色々と悩むことがあっても、挑戦することをやめたアドリブパフォーマーの道化師(怖っ!)にはなりたくない。
誰にもおもねるところのない、毅然とした道を自分で作っていくことに、勇気をもらえる本のご紹介でした!