リフレ的な政策を指向するなら、円安が達成されるべき、というご意見はあるだろう。このことは、私も考えた。以前のデフレ期間での話の中で、外貨を買うという手段も知るに至ったからね。
で、こちらの話ですが>はてなブックマーク - クルーグマン「インフレターゲットのススメ」(資料編) - ハリ・セルダンになりたくて
実際08年3月頃には、介入すべきと書いたが、その後にインフレ懸念が世界的に見られるようになり、介入には懐疑的になっていった。中には、ドル売り介入を実施する小国なども現れるようになったので、そんな状況下で日本が大規模にドル買い介入を行うというのは結構難しい判断が必要だったろう。
そして、昨年秋くらいから「介入には躊躇」という立場を取るようになった。
>日本の指導者層は案山子だけ
それは、例えばトヨタ、キヤノンやソニーが憎いので「もっとしばいたれ」とか、「円高ざまあみろ」とか、自工会の連中(特に大手自動車会社の社長さん連中)が道路特定財源問題の時にオレの意見(一般財源化)に揃って反対してきたからとか、そういった理由ではありません(笑)。
ああ、社会保障費削減の推進役として経団連等の経営者サイドの連中がオレの意見に耳を貸さず、企業負担軽減の為の逃げばかりを考え、その一方では「民間で儲けましょう」という一部の企業家たち(派遣業界の連中とか介護・医療市場を虎視眈々と狙う連中とか)に有利になるように立ち回る勢力が腹立たしいから、というのは、ちょっとあったかもしれない。
最も大きな理由は、日本は置かれている経済環境が以前とは違うから、ということだ。もう一つは、スヴェンソン・プラン実施には、長い時間が必要になってしまうし、効果が今ひとつなのかもしれない、という感触があるからである。これらを順に述べてみる。
①日本は若干有利な立場にいる
かつて問題とされた、特に酷いデフレ期間というのは02~03年くらいで、その後もデフレが続いた。03~07年の間では、世界経済との相対的な関係で言えば、日本=弱い、米国=強い、世界経済=強い、という環境だった。大規模な為替介入が行われた03年頃といううのは、まさにそうした時期であったので、他国からの文句が出る余地というのは少なかったのだ。結果的には、大量のドル買いというリフレ的効果を持つ政策選択をしたのだった。
この大規模介入が果たして「日本経済を立ち直らせるため」という、真の大義名分の下に行われたものかどうかは定かではない。単なる偶然だっただけかもしれない。具体的には、例えば米国側が「イラク戦争で戦費がかさむから、ドルを強くしてくれよ」という裏側での要求があって、これを呑んだ為に為替介入という外見的ポーズを取りながら、本当は戦費を賄うために協力しただけだったかもしれない、という憶測や陰謀論の類というのはあるだろう。ヘッジファンドからの為替攻撃だ、というのも、どの程度の信憑性があるものかは、誰にも判らない。何故かといえば、円をやたらと強くして、誰にどんなメリットがあるのかは判らないからだ。
かつての80円割れの時代には日米貿易摩擦がハンパじゃなく、半導体から自動車へと主戦場が移っており、その後にも農産物や金融・小売(大店舗)など広範な「市場開放圧力」が展開されていた。まさに黒船以来の外圧となったろう。
いずれにせよ、03年頃の介入水準というのは、高々110円程度であって、そんなのは攻撃のうちにも入らんだろうね、というのが個人的感想。弱小通貨国だと、自国通貨の売りを浴びせられるので、防衛側の弱小国中銀は対抗してドル売り自国通貨買いを継続しなけりゃならない。ドル売り自国通貨買いを継続する玉(=金)が尽きると万事休す、だ。けれど、自国通貨高ならば、防衛側中銀は圧倒的に有利。何故なら札束を印刷して、自国通貨を売りまくればいいだけだからだ。玉は無尽蔵に作り出せると言ってもいい。かつて日本が為替相場で攻撃を受けた(95年)のは、大蔵&日銀がバカだったというだけ。円高を防衛するのなんて、刷って売ればいい”だけ”なのに、それをできないという「硬直的官僚組織」と政治的な「意思決定機構の脆弱性」を持つという点を衝かれたわけだ。早い話が、「うすのろ」ということだ(笑)。こんな通貨強国に圧倒的に有利な戦いでさえ、愚鈍ゆえに「相手側にポイントを奪われる戦い」にされてしまうのである。
これはまあいい。単なる空想だから。で、03年の介入というのが、デフレ脱却を目指したものか、米国資本に日本の資産を買わせたり、戦争の戦費負担を生み出す為にドル高を演出したものかは判らない。結果的には、外貨買いということで、デフレ脱却的な手法となったということだけは言える。海外資本は大きく流入し、株式市場への流入額では03年から05年に33兆円の巨額買い越しだった(現時点の為替介入は無駄)。国債市場にも流入してきていたので、円はそれなりに買われたであろう。買い越しが継続すると円高になってしまうが、これを円売りドル買い介入をすることにより、一時的には円資産の買い手に安く提供(所得移転)したのと同じ効果を持ってしまう(介入が止まればいずれ円高になるという将来期待が存在しているから)。
日本経済全体で考えると、一部の円資産の買い手に利益を渡してしまうことになってしまうけれども、全体としてはデフレで苦しむよりはマシだろう、ということにはなる。高々数兆円程度の有利な買い物になったにせよ、日本経済全体ではデフレによって数十~百兆円規模での経済損失が発生してしまうからだ。まるで比較にならないのである。そういう点においては、仮に陰謀があったとしても、それは微々たるものであって、外貨買いを実施してデフレ脱却に繋がる方がもっと大きな得にはなる、ということ。
当時はそうであったが、今はどうだろうか?
率直に言えば、米国=かなり衰弱、世界経済=衰弱、日本=弱っている、ということで、円売りが望ましい環境とも言えないのではないかと。米国は実質的にゼロ金利にまで落としていて、今後には「自国通貨売り」さえも視野に入ってくるという事態(今はデフレという状況にはないが)になれば、米国にとってはドルを売りたいという立場なのに、日本が円売りドル買いをやってしまうと、向こうにとってのドル売り(自国通貨売り)という効果を相殺する結果になってしまうだけであろう。自国通貨売りは、簡単に言えば経済環境の厳しい側が選択できる手段であるべきで、日本との比較で相対的に日本の傷が浅く米国よりはマシだよ、ということなら、米国側にドル売りの選択権があるべきでは。ここで、日本が自国経済のことだけを考えて、円売りドル買いを大量に実施したら、それは相手側経済にとっては苦しめることになるのではないか?震源地であり金融機関がいくつも破綻している米国と、まだ一つの銀行も倒れていない日本とでは、相対的立場は米(弱)<日(強)と思うが。欧米諸国の金融機関は軒並み大幅赤字だろうけど、日本はほぼトントン程度でしょう。国別で銀行の決算数字(赤字額の対GDP比とか)を出すといいと思うよ。それがその国の持つ銀行システムの傷み具合を表すものとなるでしょう(正確ではないだろうけ)。
②大規模介入後の日本経済はどうなったか
スヴェンソン提案は為替のペッグという大技だが、他の経済学者たち(バーナンキ、クルーグマン、メルツァー、マッカラムら)の外貨もしくは外貨建資産購入という提案は数多くなされた。その手法が無効ということはないだろうと思う。実際に、為替ペッグであることがインフレを招いているであろう、という例を目にすることは多々あるからである。
例えば昨年取り上げた中国やベトナムの話がそうだ。
>インフレ率と為替変動
この為替変動という調節弁の一つを閉じてしまって、硬直的なペッグ制にしてしまうと、インフレが酷くなってしまう=インフレはきっと発生するということなのだろう、ということは経験的に感じ取れるのだ。ドルペッグ産油国でも、傾向としてはそうだった。だから、金利調節を使い切って(=ゼロ金利)も、為替の調節弁を閉じることでデフレからインフレに転換させられる可能性はある、ということだろうと思う。
けれども、これにはいくつかの問題点があったろうと思う。
日本においては、輸入額のウェイトがあまり大きくはないのだ。当時の対GDP比では10%超程度であり、スヴェンソンのモデルが考えたような「非貿易財はない」という仮定を置くのは、ちょっと困難であろう。効果が若干は出るとしても、非貿易財のウェイトが大きくなればなるほど、スヴェンソンの言う効果というのは小さくなってしまうかもしれない。
もう一点は、円安誘導を継続し続けると、その相手側の方で問題が発生する、という可能性である。例えば、ドルペッグにして150円とか180円とかに設定して、ひたすら円売りドル買い介入を継続してゆくと、その強くなったドルで「米国人がやたらとモノを買う」ということを招くのではないか、ということがある。これをやり過ぎてしまった結果が、今回の経済危機の一要因であるのは確かであろうと思うので、このヘンがちょっとヤバイのではないかと。更には、日本企業(特に円安効果の恩恵を最も受ける企業群)が安くなった円資産ということから、「強い通貨のドル」で会社を買収されてしまうのではないか、という恐怖を持つようになってしまうのだ。ドルを持つ側は、いくら円資産を買ってもドルは強いままなので、これ幸いと円資産を買い漁ろうとするであろう。
実際、日本の株式購入に資金投入していたのは、主に外国人投資家たちであって、日本人投資家はそんなに多くはなかった。円資産が値上がりして資産効果を生んだのは多くの日本人ではなく、米国にいた一部の人々だった。そういう人々には恩恵が大きかったであろう。
円安で、
輸出企業の業績が好調→企業株価値上がり→資産効果発生→消費や投資促進
ということは実際に起こったけれども、その恩恵の大半は株式購入に大量の資金投入を行った外国人投資家たちだったわけですよ。消費増と投資増が実際に発生したのは日本ではなく、大量のドル買いを行った対象国である米国だった、ということです。
また、物価が上昇してインフレ期待が上がる、ということは、弱い効果しか発揮されなかったのではないかと思えます。その大きな理由は、円安誘導によって輸入物価上昇ということが発生したとしても、それが「価格転嫁されなかった」ということが実際に起こっていたからです。スヴェンソン提案では、輸入物価の価格転嫁が100%でラグもない、ということが前提であって、そのような価格転嫁は日本では起こらなかった、ということです。円安なのだから輸入価格が上がるけれど、それを転嫁せずにコスト削減という名目でラグがないどころか、転嫁しないように辛抱したわけです。最も大きかったのは賃金削減だったと思います。
価格弾力性にもよるのだろうと思いますが、輸入価格上昇分が反映されるようになってきたのは07年頃くらいで、それまでは円安になっても原材料高でコストが上昇しても、削減削減もっと絞って削減、ということで、価格転嫁を避けてきたわけです。それがいよいよ限界点に到達したのが08年だったわけです。その時点では、ようやくCPI にも変化が出ましたけれども、経済危機が到来してボロボロになってしまいましたが。
なので、単に為替ペッグを行っても、日本企業の場合には限界まで絞ろうとして価格転嫁を避けるという傾向があるので、それはそれで悲惨ではあります。もっとサバサバと、「ああ、これ以上は下げられません」という風にできない習性があるのでしょうかね。スヴェンソンさんには、「どうしてコスト転嫁しないんだ」と疑問に思うのかもしれませんが、サーチャージが日本で登場したのは”つい最近”ですから(笑)。輸入財の価格弾性値みたいなものは知りませんが、転嫁率はあまり高くはないのではないかな、と。
それと、見かけ上はデフレを抜け切らないうちに金利上昇が起こってくるので、一見すると金融引き締めに見えてしまう、というジレンマのような事態も、あまり理解されていなければ反感が多いだけかもしれません(笑)。いくら来期以降、それとももっと長期のインフレ期待が改善するんだよ、とか言われても、目先の金利上昇で「今デフレなのに、何で金利を上げるんだよ!」という強烈な文句が出るので、これはこれで難儀です。ゼロ金利という制約からは逃れられるようになるよ、というのと、景気が回復して経済が好調になるよ(=みんなハッピー気分になれるよ)、というのはちょっと違うかもしれないので、景気回復が実感できぬままに、金利だけが先にゼロ金利から抜け出すと「コンニャロ」と怒り出す人(→オレとか?笑)は出てきてしまうかも。
そういうわけで、日本がデフレ脱却に取りうる手段としての為替ペッグ(or為替介入・外貨買い)ですが、あまり乗り気にはなれない、というのはあります。まるで日銀的答弁と見紛うかのような意見になってしまうのですが、翁&植田の「言い訳最強コンビ」ほどではないにせよ、現時点での積極的ドル買いというのは、あまり賛成できません。
かつて日銀は、「確実な手段としてならやれるけど、そうじゃなきゃやんない」といって、あらゆる提言を拒否しはねつけてきたわけです。日銀サイドの学識者というか、言い訳部隊の大半は、海外経済学者たちの言い分とか提案内容はほぼ網羅していて、知らないということではないでしょう。むしろ、反論をいちいち考える為だけに、相手側主張について論点を研究していたに違いありません(笑)。そういう、無責任というか、覚悟のない政策集団であったわけですが、ここに来て若干の変化はあるかもしれません。
それは白川体制になって、一応は曲がりなりにも「CP買入、社債買入」という未体験ゾーンにまで踏み込んだわけですから、以前よりはマシ、ということでしょう。恐らく幹部級の実働部隊の変化があったものと思われますが、定かではありません。それを促したのは、経済界での影響力の大きなところ(例えば某○ヨタクラスの企業?)だったのではないでしょうか。それくらい窮した、ということかと。
経済界の人々もようやく思い知った、ということではないかと。
日銀の態度について、初めて気づいたのでしょう。日銀退職後の行き先について、幹部級ならば心配するでしょうしね(笑)。これは関係ないか。冗談ですから。
でも、デフレ下では、取りうる金融政策とか手段が限定されてしまって、調節機能の範囲が狭まる・選択肢も狭まるということは判ったはずでしょう。なのでデフレを抜け出しておくことは重要だったのです。耐性を高めるという点で、基礎体力をつけておかねばならなかったのだ、ということです。
現時点での策としては、やはり国債買入償却を増額して長期金利を引下げ、キャッシュに置換してゆくようにするのがよいと考えています。貨幣供給増大によって貨幣価値を下げる、という選択です(「お金LOVE」を打ち砕け!)。国債金利が下がると、日本国債を持つ海外勢の売りを誘うので円安効果をもたらすかもしれませんし。国債金利が下がるということは、株価上昇や地価上昇などが期待されるようになるでしょう。
で、こちらの話ですが>はてなブックマーク - クルーグマン「インフレターゲットのススメ」(資料編) - ハリ・セルダンになりたくて
実際08年3月頃には、介入すべきと書いたが、その後にインフレ懸念が世界的に見られるようになり、介入には懐疑的になっていった。中には、ドル売り介入を実施する小国なども現れるようになったので、そんな状況下で日本が大規模にドル買い介入を行うというのは結構難しい判断が必要だったろう。
そして、昨年秋くらいから「介入には躊躇」という立場を取るようになった。
>日本の指導者層は案山子だけ
それは、例えばトヨタ、キヤノンやソニーが憎いので「もっとしばいたれ」とか、「円高ざまあみろ」とか、自工会の連中(特に大手自動車会社の社長さん連中)が道路特定財源問題の時にオレの意見(一般財源化)に揃って反対してきたからとか、そういった理由ではありません(笑)。
ああ、社会保障費削減の推進役として経団連等の経営者サイドの連中がオレの意見に耳を貸さず、企業負担軽減の為の逃げばかりを考え、その一方では「民間で儲けましょう」という一部の企業家たち(派遣業界の連中とか介護・医療市場を虎視眈々と狙う連中とか)に有利になるように立ち回る勢力が腹立たしいから、というのは、ちょっとあったかもしれない。
最も大きな理由は、日本は置かれている経済環境が以前とは違うから、ということだ。もう一つは、スヴェンソン・プラン実施には、長い時間が必要になってしまうし、効果が今ひとつなのかもしれない、という感触があるからである。これらを順に述べてみる。
①日本は若干有利な立場にいる
かつて問題とされた、特に酷いデフレ期間というのは02~03年くらいで、その後もデフレが続いた。03~07年の間では、世界経済との相対的な関係で言えば、日本=弱い、米国=強い、世界経済=強い、という環境だった。大規模な為替介入が行われた03年頃といううのは、まさにそうした時期であったので、他国からの文句が出る余地というのは少なかったのだ。結果的には、大量のドル買いというリフレ的効果を持つ政策選択をしたのだった。
この大規模介入が果たして「日本経済を立ち直らせるため」という、真の大義名分の下に行われたものかどうかは定かではない。単なる偶然だっただけかもしれない。具体的には、例えば米国側が「イラク戦争で戦費がかさむから、ドルを強くしてくれよ」という裏側での要求があって、これを呑んだ為に為替介入という外見的ポーズを取りながら、本当は戦費を賄うために協力しただけだったかもしれない、という憶測や陰謀論の類というのはあるだろう。ヘッジファンドからの為替攻撃だ、というのも、どの程度の信憑性があるものかは、誰にも判らない。何故かといえば、円をやたらと強くして、誰にどんなメリットがあるのかは判らないからだ。
かつての80円割れの時代には日米貿易摩擦がハンパじゃなく、半導体から自動車へと主戦場が移っており、その後にも農産物や金融・小売(大店舗)など広範な「市場開放圧力」が展開されていた。まさに黒船以来の外圧となったろう。
いずれにせよ、03年頃の介入水準というのは、高々110円程度であって、そんなのは攻撃のうちにも入らんだろうね、というのが個人的感想。弱小通貨国だと、自国通貨の売りを浴びせられるので、防衛側の弱小国中銀は対抗してドル売り自国通貨買いを継続しなけりゃならない。ドル売り自国通貨買いを継続する玉(=金)が尽きると万事休す、だ。けれど、自国通貨高ならば、防衛側中銀は圧倒的に有利。何故なら札束を印刷して、自国通貨を売りまくればいいだけだからだ。玉は無尽蔵に作り出せると言ってもいい。かつて日本が為替相場で攻撃を受けた(95年)のは、大蔵&日銀がバカだったというだけ。円高を防衛するのなんて、刷って売ればいい”だけ”なのに、それをできないという「硬直的官僚組織」と政治的な「意思決定機構の脆弱性」を持つという点を衝かれたわけだ。早い話が、「うすのろ」ということだ(笑)。こんな通貨強国に圧倒的に有利な戦いでさえ、愚鈍ゆえに「相手側にポイントを奪われる戦い」にされてしまうのである。
これはまあいい。単なる空想だから。で、03年の介入というのが、デフレ脱却を目指したものか、米国資本に日本の資産を買わせたり、戦争の戦費負担を生み出す為にドル高を演出したものかは判らない。結果的には、外貨買いということで、デフレ脱却的な手法となったということだけは言える。海外資本は大きく流入し、株式市場への流入額では03年から05年に33兆円の巨額買い越しだった(現時点の為替介入は無駄)。国債市場にも流入してきていたので、円はそれなりに買われたであろう。買い越しが継続すると円高になってしまうが、これを円売りドル買い介入をすることにより、一時的には円資産の買い手に安く提供(所得移転)したのと同じ効果を持ってしまう(介入が止まればいずれ円高になるという将来期待が存在しているから)。
日本経済全体で考えると、一部の円資産の買い手に利益を渡してしまうことになってしまうけれども、全体としてはデフレで苦しむよりはマシだろう、ということにはなる。高々数兆円程度の有利な買い物になったにせよ、日本経済全体ではデフレによって数十~百兆円規模での経済損失が発生してしまうからだ。まるで比較にならないのである。そういう点においては、仮に陰謀があったとしても、それは微々たるものであって、外貨買いを実施してデフレ脱却に繋がる方がもっと大きな得にはなる、ということ。
当時はそうであったが、今はどうだろうか?
率直に言えば、米国=かなり衰弱、世界経済=衰弱、日本=弱っている、ということで、円売りが望ましい環境とも言えないのではないかと。米国は実質的にゼロ金利にまで落としていて、今後には「自国通貨売り」さえも視野に入ってくるという事態(今はデフレという状況にはないが)になれば、米国にとってはドルを売りたいという立場なのに、日本が円売りドル買いをやってしまうと、向こうにとってのドル売り(自国通貨売り)という効果を相殺する結果になってしまうだけであろう。自国通貨売りは、簡単に言えば経済環境の厳しい側が選択できる手段であるべきで、日本との比較で相対的に日本の傷が浅く米国よりはマシだよ、ということなら、米国側にドル売りの選択権があるべきでは。ここで、日本が自国経済のことだけを考えて、円売りドル買いを大量に実施したら、それは相手側経済にとっては苦しめることになるのではないか?震源地であり金融機関がいくつも破綻している米国と、まだ一つの銀行も倒れていない日本とでは、相対的立場は米(弱)<日(強)と思うが。欧米諸国の金融機関は軒並み大幅赤字だろうけど、日本はほぼトントン程度でしょう。国別で銀行の決算数字(赤字額の対GDP比とか)を出すといいと思うよ。それがその国の持つ銀行システムの傷み具合を表すものとなるでしょう(正確ではないだろうけ)。
②大規模介入後の日本経済はどうなったか
スヴェンソン提案は為替のペッグという大技だが、他の経済学者たち(バーナンキ、クルーグマン、メルツァー、マッカラムら)の外貨もしくは外貨建資産購入という提案は数多くなされた。その手法が無効ということはないだろうと思う。実際に、為替ペッグであることがインフレを招いているであろう、という例を目にすることは多々あるからである。
例えば昨年取り上げた中国やベトナムの話がそうだ。
>インフレ率と為替変動
この為替変動という調節弁の一つを閉じてしまって、硬直的なペッグ制にしてしまうと、インフレが酷くなってしまう=インフレはきっと発生するということなのだろう、ということは経験的に感じ取れるのだ。ドルペッグ産油国でも、傾向としてはそうだった。だから、金利調節を使い切って(=ゼロ金利)も、為替の調節弁を閉じることでデフレからインフレに転換させられる可能性はある、ということだろうと思う。
けれども、これにはいくつかの問題点があったろうと思う。
日本においては、輸入額のウェイトがあまり大きくはないのだ。当時の対GDP比では10%超程度であり、スヴェンソンのモデルが考えたような「非貿易財はない」という仮定を置くのは、ちょっと困難であろう。効果が若干は出るとしても、非貿易財のウェイトが大きくなればなるほど、スヴェンソンの言う効果というのは小さくなってしまうかもしれない。
もう一点は、円安誘導を継続し続けると、その相手側の方で問題が発生する、という可能性である。例えば、ドルペッグにして150円とか180円とかに設定して、ひたすら円売りドル買い介入を継続してゆくと、その強くなったドルで「米国人がやたらとモノを買う」ということを招くのではないか、ということがある。これをやり過ぎてしまった結果が、今回の経済危機の一要因であるのは確かであろうと思うので、このヘンがちょっとヤバイのではないかと。更には、日本企業(特に円安効果の恩恵を最も受ける企業群)が安くなった円資産ということから、「強い通貨のドル」で会社を買収されてしまうのではないか、という恐怖を持つようになってしまうのだ。ドルを持つ側は、いくら円資産を買ってもドルは強いままなので、これ幸いと円資産を買い漁ろうとするであろう。
実際、日本の株式購入に資金投入していたのは、主に外国人投資家たちであって、日本人投資家はそんなに多くはなかった。円資産が値上がりして資産効果を生んだのは多くの日本人ではなく、米国にいた一部の人々だった。そういう人々には恩恵が大きかったであろう。
円安で、
輸出企業の業績が好調→企業株価値上がり→資産効果発生→消費や投資促進
ということは実際に起こったけれども、その恩恵の大半は株式購入に大量の資金投入を行った外国人投資家たちだったわけですよ。消費増と投資増が実際に発生したのは日本ではなく、大量のドル買いを行った対象国である米国だった、ということです。
また、物価が上昇してインフレ期待が上がる、ということは、弱い効果しか発揮されなかったのではないかと思えます。その大きな理由は、円安誘導によって輸入物価上昇ということが発生したとしても、それが「価格転嫁されなかった」ということが実際に起こっていたからです。スヴェンソン提案では、輸入物価の価格転嫁が100%でラグもない、ということが前提であって、そのような価格転嫁は日本では起こらなかった、ということです。円安なのだから輸入価格が上がるけれど、それを転嫁せずにコスト削減という名目でラグがないどころか、転嫁しないように辛抱したわけです。最も大きかったのは賃金削減だったと思います。
価格弾力性にもよるのだろうと思いますが、輸入価格上昇分が反映されるようになってきたのは07年頃くらいで、それまでは円安になっても原材料高でコストが上昇しても、削減削減もっと絞って削減、ということで、価格転嫁を避けてきたわけです。それがいよいよ限界点に到達したのが08年だったわけです。その時点では、ようやくCPI にも変化が出ましたけれども、経済危機が到来してボロボロになってしまいましたが。
なので、単に為替ペッグを行っても、日本企業の場合には限界まで絞ろうとして価格転嫁を避けるという傾向があるので、それはそれで悲惨ではあります。もっとサバサバと、「ああ、これ以上は下げられません」という風にできない習性があるのでしょうかね。スヴェンソンさんには、「どうしてコスト転嫁しないんだ」と疑問に思うのかもしれませんが、サーチャージが日本で登場したのは”つい最近”ですから(笑)。輸入財の価格弾性値みたいなものは知りませんが、転嫁率はあまり高くはないのではないかな、と。
それと、見かけ上はデフレを抜け切らないうちに金利上昇が起こってくるので、一見すると金融引き締めに見えてしまう、というジレンマのような事態も、あまり理解されていなければ反感が多いだけかもしれません(笑)。いくら来期以降、それとももっと長期のインフレ期待が改善するんだよ、とか言われても、目先の金利上昇で「今デフレなのに、何で金利を上げるんだよ!」という強烈な文句が出るので、これはこれで難儀です。ゼロ金利という制約からは逃れられるようになるよ、というのと、景気が回復して経済が好調になるよ(=みんなハッピー気分になれるよ)、というのはちょっと違うかもしれないので、景気回復が実感できぬままに、金利だけが先にゼロ金利から抜け出すと「コンニャロ」と怒り出す人(→オレとか?笑)は出てきてしまうかも。
そういうわけで、日本がデフレ脱却に取りうる手段としての為替ペッグ(or為替介入・外貨買い)ですが、あまり乗り気にはなれない、というのはあります。まるで日銀的答弁と見紛うかのような意見になってしまうのですが、翁&植田の「言い訳最強コンビ」ほどではないにせよ、現時点での積極的ドル買いというのは、あまり賛成できません。
かつて日銀は、「確実な手段としてならやれるけど、そうじゃなきゃやんない」といって、あらゆる提言を拒否しはねつけてきたわけです。日銀サイドの学識者というか、言い訳部隊の大半は、海外経済学者たちの言い分とか提案内容はほぼ網羅していて、知らないということではないでしょう。むしろ、反論をいちいち考える為だけに、相手側主張について論点を研究していたに違いありません(笑)。そういう、無責任というか、覚悟のない政策集団であったわけですが、ここに来て若干の変化はあるかもしれません。
それは白川体制になって、一応は曲がりなりにも「CP買入、社債買入」という未体験ゾーンにまで踏み込んだわけですから、以前よりはマシ、ということでしょう。恐らく幹部級の実働部隊の変化があったものと思われますが、定かではありません。それを促したのは、経済界での影響力の大きなところ(例えば某○ヨタクラスの企業?)だったのではないでしょうか。それくらい窮した、ということかと。
経済界の人々もようやく思い知った、ということではないかと。
日銀の態度について、初めて気づいたのでしょう。日銀退職後の行き先について、幹部級ならば心配するでしょうしね(笑)。これは関係ないか。冗談ですから。
でも、デフレ下では、取りうる金融政策とか手段が限定されてしまって、調節機能の範囲が狭まる・選択肢も狭まるということは判ったはずでしょう。なのでデフレを抜け出しておくことは重要だったのです。耐性を高めるという点で、基礎体力をつけておかねばならなかったのだ、ということです。
現時点での策としては、やはり国債買入償却を増額して長期金利を引下げ、キャッシュに置換してゆくようにするのがよいと考えています。貨幣供給増大によって貨幣価値を下げる、という選択です(「お金LOVE」を打ち砕け!)。国債金利が下がると、日本国債を持つ海外勢の売りを誘うので円安効果をもたらすかもしれませんし。国債金利が下がるということは、株価上昇や地価上昇などが期待されるようになるでしょう。