4月27日の電気新聞によれば、経団連会長は次のように発言したとのことである。
日本経団連の米倉弘昌会長(住友化学会長)は26日の定例会見で、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けた被害者への賠償問題について「原子力損害賠償法という法律にのっとって行うべき。国民感情に配慮し法律適用しないと行政が判断することが間違い」と発言し、政府が補償を担うべきとの考えをあらためて示した。
賠償機構の設置など検討が進められている補償スキームについても「スキームの議論よりまず政府が責任表明するべき」と強調。「日本のエネルギー政策や将来像について政府が考え発言した上で、そこから被害者補償の金額や支払い形態について考えていくべき」との考えを示した。
経団連会長という立場の人間の発言力は、どういった影響があるのか自覚しているはずであろう。そのような人物が、『国民感情に配慮』云々の発言をしたということの重みについて、経済界はよく考えることだ。経団連会長自らが率先して「デマを流布」しているのとほぼ同様の、誹謗中傷の類である。それに、『行政が判断することが間違い』って、殆どの行政機関が行っていることそのものではないか。行政は、法律(条文)についての解釈を行い、その適用を全てについて判断しているではないか。行政の役割そのものではないのか。それを「間違い」って、何を言っているのだろうか。
例えば、タクシー運賃について業者が申請をすると、担当の行政が認可か不認可を決定するわけで、条文解釈と適用の権限が行政に与えられていることについて「問題がある」ということを拙ブログでも過去に批判してきたことはあるが、条文解釈について行政と争うなら、そういう場で行うのが普通であろう。
経団連という地位や立場を利用して、発言力の大きさで行政の判断を変更させようという行為こそ、経団連会長が批判していた『国民感情に配慮』云々なのではないのか。言い換えれば、「経団連や経済同友会などの経営者たちの感情に配慮し法律を適用すると行政が判断することが間違い」、ということである。
経団連会長の言う『国民感情に配慮』云々こそ、彼ら自身のことを言ったものではないか。
老婆心ながら書いておくと、経団連ほどの組織力を有しているのだから、まず法律の専門家に検討させておけば良かっただけなのでは。その結果を受けて発言すればよいものを、報道などからの聞きかじりだけで言うからこそ、デマを散布することになるわけで。
これは大した話ではないから措いといて、本題に入ろう。
(以下、当方の個人的解釈に基づく考察であり、素人の私見です。過誤は有り得ます)
1)「政府が補償する」とは、どのようなものか
まず、条文解釈の前に、概略だけを書いてみる。
原子力発電所が一つ、原子力損害の必要補償額が3800億円だったとする。賠償責任は電力会社が負う。
・賠償総額 3800億円
・電力会社が3800億円を支払う
ただし、電力会社は保険に加入している。民間保険会社が引き受ける「責任保険」と政府と電力会社間の「補償契約」である(とりあえず、この2つを簡略化して「責任保険」と「補償契約」と呼ぶ)。
この時、責任保険から2000億円支払われたとしよう。電力会社は、手出しの資金としては1800億円に減ることになる。この1800億円に対しては政府との補償契約があるので、発電所1箇所について1200億円を政府が補填してくれる、というものである。よって、電力会社は自己資金としては、残りの600億円を払えば済む、ということである。
整理すると、
・賠償総額 3800億円
・責任保険 2000億円
・補償契約 1200億円
・電力会社 600億円
となる。
政府が補填する義務を負っているのは、あくまでこの「1200億円だけ」である。
2)原則として事業者は「無過失・無限責任」を負う
経団連会長の言う「原賠法」というのが何を指しているか定かでないが、法令検索の略称は存在していないようである。簡略的に業界内などで用いられる通称なのかもしれない。
ここでは、まず、「原子力損害の賠償に関する法律」について述べる。
○第三条
原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。
(2項 略)
問題となっているのは、この但書部分である。異常に巨大な天災地変に該当するかどうかである。これについては、後述するとして、事業者の責任としては無過失・無限責任である。例えばハード面での問題があったとしても、それは事業者が設計、製造業者等に賠償請求権を有するということであって、事業者は被災者に支払うべき義務をまず負うということである。
○第四条
前条の場合においては、同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない。
(以下略)
4条1項を文面通りに解釈すると、事業者以外の者は、賠償義務を負うことはない。たとえ国であっても、だ。経団連会長の言い草は、誤りとしか思われない。法律の条文通りに適用するなら、「国が賠償しろ」などという主張そのものが、法にない「財界のお偉いさん方の感情に配慮」したものでしかない。法を曲げるつもりか?(笑)
基本的に、損害賠償について国に累が及ばないように、リスクが遮断されている、ということだろうと思う。法律を書いた人間は、鋭いな。別な見方をすると、国の財政圧迫を及ぼすような条文を作るわけがない、ということでは。
3)原子力損害賠償責任保険契約
最初の例で示した責任保険であるが、条文で次のように定められている。
○第八条
原子力損害賠償責任保険契約(以下「責任保険契約」という。)は、原子力事業者の原子力損害の賠償の責任が発生した場合において、一定の事由による原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失を保険者(保険業法 (平成七年法律第百五号)第二条第四項 に規定する損害保険会社又は同条第九項 に規定する外国損害保険会社等で、責任保険の引受けを行う者に限る。以下同じ。)がうめることを約し、保険契約者が保険者に保険料を支払うことを約する契約とする。
これは事業者が民間保険会社と締結する保険契約であり、政府には関係ない。よくある損害保険みたいなものだろう。これまで殆どの場合に、この範囲内で済んできたのではないかと思う。平たく言えば、保険に入らないと原子炉を運転させないぞ、という主旨であろう。自賠責の強制加入みたいなのと同じかと。
4)原子力損害賠償補償契約
民間保険契約以外に、政府が補填する制度がこれだ。
○第十条
原子力損害賠償補償契約(以下「補償契約」という。)は、原子力事業者の原子力損害の賠償の責任が発生した場合において、責任保険契約その他の原子力損害を賠償するための措置によつてはうめることができない原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失を政府が補償することを約し、原子力事業者が補償料を納付することを約する契約とする。
2 補償契約に関する事項は、別に法律で定める。
つまり、国が義務として賠償責任を有する範囲は、この『補償契約によるものだけ』である。その上限は1200億円となっている(原子力損害の賠償に関する法律第7条1項)。
2項の「別な法律」とは、「原子力損害賠償補償契約に関する法律」である。安易に「原賠法」というような通称名を用いると、この法律との区別がつきにくいので困る。いずれにせよ、法律に基づくなら、国は無限の賠償義務を負っているとは言えない、ということだ。
この法律には、地震ないし津波による被害を政府が補填するという規定が存在している。
○第三条
政府が前条の契約(以下「補償契約」という。)により補償する損失は、次の各号に掲げる原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失(以下「補償損失」という。)とする。
一 地震又は噴火によつて生じた原子力損害
二 正常運転(政令で定める状態において行なわれる原子炉の運転等をいう。)によつて生じた原子力損害
……
五 前各号に掲げるもの以外の原子力損害であつて政令で定めるもの
5号規定は「津波」(施行令第2条)と規定されている。
また、施行令第1条で、2号規定の正常運転の除外規定が定められており、違法な運転状態(1号)、原子炉運転等の施設損傷(2号)、天災地変又は第三者行為(3号)、これらの原子力損害原因が存在する場合には、補償契約による補填が行われない、ということなのである。政府の支払い義務はない、という意味である。
すなわち、地震と噴火(1号規定)、津波(5号規定)の場合には支払われるが、正常運転から外れた状態(違法運転、施設損傷、天災地変、第三者行為)、これらについては支払わない(賠償措置なし)、ということである。
5)国の役割とは何か?
「原子力損害の賠償に関する法律」を適用しろ、と経団連会長以下大騒ぎをしていた財界連中がいたので、適用を考えてみよう。
再び条文を確認する。
仮に、3条但書が適用となったとして、国には賠償責任は生じない。
○第十七条
政府は、第三条第一項ただし書の場合又は第七条の二第二項の原子力損害で同項に規定する額をこえると認められるものが生じた場合においては、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする。
国が行う措置とは、「被害者救助」及び「被害拡大防止」である。損害賠償ではない。しかもこの2つの措置でさえ、義務ではないように読める。条文が「~しなければならない」という言い回しではないから、である。平たく言えば、努力規定みたいなものだ。その時点と状況に応じて、できる範囲で「被害者救助」と「被害拡大防止」に努めてくれ、ということだ。事業者が払えなかった金を、国が出せ、なんて、一言も書いてない(笑)。
それに、もっと大変なことは、但書部分が適用になってしまうと、基本的には「誰も金を払う者はいなくなる」ということだ。3条の意味とは、そういうものである。
無過失・無限責任の賠償義務が消滅するのが、但書部分適用の意味なのである。この賠償義務が消滅してしまうと、政府の役割も同時に消滅するものと考えられる。
前条規定がそういう意味を持つものと思われるからだ。
○第十六条
政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
2 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。
この1項にある『損害を賠償する責めに任ずべき額』というのは、但書適用だと(事業者は)「損害賠償責任を負わない」ということになるので、16条1項は適用されない(だからこそ、17条に但書適用の場合の条文が置かれたものと思われる)ということである。
すなわち、但書適用にはならず事業者に損害賠償責任がある場合には、16条1項が発動される、ということである。
この場合、国は「事業者が損害を賠償するために必要な援助」を行うということであって、国が事業者の代わりに払います、なんてことはないのだ。あくまで「事業者が賠償する」為に援助するだけである。
おまけに、2項規定により、政府ができることは、あくまで「国会議決」の範囲内に過ぎない。 殆どの場合にそうだが、国会が決めていること以上の権限など、行政には与えられていないのだ。経団連会長のご意見というのは、そういう意味においても、何重にも誤りがあると考えられるのである。どうしても国が事業者に金を与えろ、ということなら、国会で金の支出先として事業者に金を払え、という議決をしない限り、できるわけがないのである。菅総理の一存で決まるものでもないのである。
6)電力業界に甘えの意識
経団連会長発言というものが、いかに法を無視したものか、財界の感情ばかりを優先したものか、というのが分かったように思う。
こうした国に頼りきりの姿勢は、電力業界にも蔓延しているように思えるわけである。
その好例を発見した。
>原子力損害賠償法 - 原子力災害発生時の対応 | 電気事業連合会【でんきの情報広場】
次の記述がある。
『事業者の責任が免ぜられた損害や保険限度額を超えた場合は、国が被害者の保護のために必要な措置をとることになっており、事業者と国が一体となって原子力損害の填補を行うようになっています。』
これは、顧問弁護士なんかに確認した内容なのか?
本当にこんな解釈があるのか?
出鱈目ではないのか?ウソを書いているなら、問題じゃないのか?
ポイントを書くと、
ア 事業者が免責された損害
イ 保険限度額を超えた損害
の場合、
ウ 国と事業者が一体となって
エ 原子力損害を補填
するようになっている、って、法律のどの条文にそんなことが書いてあったの?
出鱈目を書くのもいい加減にして欲しい。
アの事業者が免責された場合(3条但書適用の場合)には、誰も払わないんだよ。
払うのは、事業者が免責されるのではなく、賠償義務はあるが、政府の賠償措置義務のある状態の場合(前記4の項参照)、というだけである。イも同様。
ウの「国と事業者が一体」なんて、夢でも見てるのか?
どこにそんなことが書いてあるというのか。援助は一体なんかじゃない。あくまで事業者が賠償するのを手助けする、というだけだ。国が原子力損害を補填するなんてのは、ウソである。あくまで義務のある賠償措置の場合のみ、だ。
勝手に拡大解釈し、都合のいい言説を広めるな。
こんなこと、どこの誰が言ったの?
ソース出せ、ソース。
牽強付会も甚だしい。
これが電力業界、経済界の言い分だそうだ。
こんな解説を基にしているから、経団連会長の如き発言が相次ぐのであろうか。
日本経団連の米倉弘昌会長(住友化学会長)は26日の定例会見で、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けた被害者への賠償問題について「原子力損害賠償法という法律にのっとって行うべき。国民感情に配慮し法律適用しないと行政が判断することが間違い」と発言し、政府が補償を担うべきとの考えをあらためて示した。
賠償機構の設置など検討が進められている補償スキームについても「スキームの議論よりまず政府が責任表明するべき」と強調。「日本のエネルギー政策や将来像について政府が考え発言した上で、そこから被害者補償の金額や支払い形態について考えていくべき」との考えを示した。
経団連会長という立場の人間の発言力は、どういった影響があるのか自覚しているはずであろう。そのような人物が、『国民感情に配慮』云々の発言をしたということの重みについて、経済界はよく考えることだ。経団連会長自らが率先して「デマを流布」しているのとほぼ同様の、誹謗中傷の類である。それに、『行政が判断することが間違い』って、殆どの行政機関が行っていることそのものではないか。行政は、法律(条文)についての解釈を行い、その適用を全てについて判断しているではないか。行政の役割そのものではないのか。それを「間違い」って、何を言っているのだろうか。
例えば、タクシー運賃について業者が申請をすると、担当の行政が認可か不認可を決定するわけで、条文解釈と適用の権限が行政に与えられていることについて「問題がある」ということを拙ブログでも過去に批判してきたことはあるが、条文解釈について行政と争うなら、そういう場で行うのが普通であろう。
経団連という地位や立場を利用して、発言力の大きさで行政の判断を変更させようという行為こそ、経団連会長が批判していた『国民感情に配慮』云々なのではないのか。言い換えれば、「経団連や経済同友会などの経営者たちの感情に配慮し法律を適用すると行政が判断することが間違い」、ということである。
経団連会長の言う『国民感情に配慮』云々こそ、彼ら自身のことを言ったものではないか。
老婆心ながら書いておくと、経団連ほどの組織力を有しているのだから、まず法律の専門家に検討させておけば良かっただけなのでは。その結果を受けて発言すればよいものを、報道などからの聞きかじりだけで言うからこそ、デマを散布することになるわけで。
これは大した話ではないから措いといて、本題に入ろう。
(以下、当方の個人的解釈に基づく考察であり、素人の私見です。過誤は有り得ます)
1)「政府が補償する」とは、どのようなものか
まず、条文解釈の前に、概略だけを書いてみる。
原子力発電所が一つ、原子力損害の必要補償額が3800億円だったとする。賠償責任は電力会社が負う。
・賠償総額 3800億円
・電力会社が3800億円を支払う
ただし、電力会社は保険に加入している。民間保険会社が引き受ける「責任保険」と政府と電力会社間の「補償契約」である(とりあえず、この2つを簡略化して「責任保険」と「補償契約」と呼ぶ)。
この時、責任保険から2000億円支払われたとしよう。電力会社は、手出しの資金としては1800億円に減ることになる。この1800億円に対しては政府との補償契約があるので、発電所1箇所について1200億円を政府が補填してくれる、というものである。よって、電力会社は自己資金としては、残りの600億円を払えば済む、ということである。
整理すると、
・賠償総額 3800億円
・責任保険 2000億円
・補償契約 1200億円
・電力会社 600億円
となる。
政府が補填する義務を負っているのは、あくまでこの「1200億円だけ」である。
2)原則として事業者は「無過失・無限責任」を負う
経団連会長の言う「原賠法」というのが何を指しているか定かでないが、法令検索の略称は存在していないようである。簡略的に業界内などで用いられる通称なのかもしれない。
ここでは、まず、「原子力損害の賠償に関する法律」について述べる。
○第三条
原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。
(2項 略)
問題となっているのは、この但書部分である。異常に巨大な天災地変に該当するかどうかである。これについては、後述するとして、事業者の責任としては無過失・無限責任である。例えばハード面での問題があったとしても、それは事業者が設計、製造業者等に賠償請求権を有するということであって、事業者は被災者に支払うべき義務をまず負うということである。
○第四条
前条の場合においては、同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない。
(以下略)
4条1項を文面通りに解釈すると、事業者以外の者は、賠償義務を負うことはない。たとえ国であっても、だ。経団連会長の言い草は、誤りとしか思われない。法律の条文通りに適用するなら、「国が賠償しろ」などという主張そのものが、法にない「財界のお偉いさん方の感情に配慮」したものでしかない。法を曲げるつもりか?(笑)
基本的に、損害賠償について国に累が及ばないように、リスクが遮断されている、ということだろうと思う。法律を書いた人間は、鋭いな。別な見方をすると、国の財政圧迫を及ぼすような条文を作るわけがない、ということでは。
3)原子力損害賠償責任保険契約
最初の例で示した責任保険であるが、条文で次のように定められている。
○第八条
原子力損害賠償責任保険契約(以下「責任保険契約」という。)は、原子力事業者の原子力損害の賠償の責任が発生した場合において、一定の事由による原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失を保険者(保険業法 (平成七年法律第百五号)第二条第四項 に規定する損害保険会社又は同条第九項 に規定する外国損害保険会社等で、責任保険の引受けを行う者に限る。以下同じ。)がうめることを約し、保険契約者が保険者に保険料を支払うことを約する契約とする。
これは事業者が民間保険会社と締結する保険契約であり、政府には関係ない。よくある損害保険みたいなものだろう。これまで殆どの場合に、この範囲内で済んできたのではないかと思う。平たく言えば、保険に入らないと原子炉を運転させないぞ、という主旨であろう。自賠責の強制加入みたいなのと同じかと。
4)原子力損害賠償補償契約
民間保険契約以外に、政府が補填する制度がこれだ。
○第十条
原子力損害賠償補償契約(以下「補償契約」という。)は、原子力事業者の原子力損害の賠償の責任が発生した場合において、責任保険契約その他の原子力損害を賠償するための措置によつてはうめることができない原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失を政府が補償することを約し、原子力事業者が補償料を納付することを約する契約とする。
2 補償契約に関する事項は、別に法律で定める。
つまり、国が義務として賠償責任を有する範囲は、この『補償契約によるものだけ』である。その上限は1200億円となっている(原子力損害の賠償に関する法律第7条1項)。
2項の「別な法律」とは、「原子力損害賠償補償契約に関する法律」である。安易に「原賠法」というような通称名を用いると、この法律との区別がつきにくいので困る。いずれにせよ、法律に基づくなら、国は無限の賠償義務を負っているとは言えない、ということだ。
この法律には、地震ないし津波による被害を政府が補填するという規定が存在している。
○第三条
政府が前条の契約(以下「補償契約」という。)により補償する損失は、次の各号に掲げる原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失(以下「補償損失」という。)とする。
一 地震又は噴火によつて生じた原子力損害
二 正常運転(政令で定める状態において行なわれる原子炉の運転等をいう。)によつて生じた原子力損害
……
五 前各号に掲げるもの以外の原子力損害であつて政令で定めるもの
5号規定は「津波」(施行令第2条)と規定されている。
また、施行令第1条で、2号規定の正常運転の除外規定が定められており、違法な運転状態(1号)、原子炉運転等の施設損傷(2号)、天災地変又は第三者行為(3号)、これらの原子力損害原因が存在する場合には、補償契約による補填が行われない、ということなのである。政府の支払い義務はない、という意味である。
すなわち、地震と噴火(1号規定)、津波(5号規定)の場合には支払われるが、正常運転から外れた状態(違法運転、施設損傷、天災地変、第三者行為)、これらについては支払わない(賠償措置なし)、ということである。
5)国の役割とは何か?
「原子力損害の賠償に関する法律」を適用しろ、と経団連会長以下大騒ぎをしていた財界連中がいたので、適用を考えてみよう。
再び条文を確認する。
仮に、3条但書が適用となったとして、国には賠償責任は生じない。
○第十七条
政府は、第三条第一項ただし書の場合又は第七条の二第二項の原子力損害で同項に規定する額をこえると認められるものが生じた場合においては、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする。
国が行う措置とは、「被害者救助」及び「被害拡大防止」である。損害賠償ではない。しかもこの2つの措置でさえ、義務ではないように読める。条文が「~しなければならない」という言い回しではないから、である。平たく言えば、努力規定みたいなものだ。その時点と状況に応じて、できる範囲で「被害者救助」と「被害拡大防止」に努めてくれ、ということだ。事業者が払えなかった金を、国が出せ、なんて、一言も書いてない(笑)。
それに、もっと大変なことは、但書部分が適用になってしまうと、基本的には「誰も金を払う者はいなくなる」ということだ。3条の意味とは、そういうものである。
無過失・無限責任の賠償義務が消滅するのが、但書部分適用の意味なのである。この賠償義務が消滅してしまうと、政府の役割も同時に消滅するものと考えられる。
前条規定がそういう意味を持つものと思われるからだ。
○第十六条
政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
2 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。
この1項にある『損害を賠償する責めに任ずべき額』というのは、但書適用だと(事業者は)「損害賠償責任を負わない」ということになるので、16条1項は適用されない(だからこそ、17条に但書適用の場合の条文が置かれたものと思われる)ということである。
すなわち、但書適用にはならず事業者に損害賠償責任がある場合には、16条1項が発動される、ということである。
この場合、国は「事業者が損害を賠償するために必要な援助」を行うということであって、国が事業者の代わりに払います、なんてことはないのだ。あくまで「事業者が賠償する」為に援助するだけである。
おまけに、2項規定により、政府ができることは、あくまで「国会議決」の範囲内に過ぎない。 殆どの場合にそうだが、国会が決めていること以上の権限など、行政には与えられていないのだ。経団連会長のご意見というのは、そういう意味においても、何重にも誤りがあると考えられるのである。どうしても国が事業者に金を与えろ、ということなら、国会で金の支出先として事業者に金を払え、という議決をしない限り、できるわけがないのである。菅総理の一存で決まるものでもないのである。
6)電力業界に甘えの意識
経団連会長発言というものが、いかに法を無視したものか、財界の感情ばかりを優先したものか、というのが分かったように思う。
こうした国に頼りきりの姿勢は、電力業界にも蔓延しているように思えるわけである。
その好例を発見した。
>原子力損害賠償法 - 原子力災害発生時の対応 | 電気事業連合会【でんきの情報広場】
次の記述がある。
『事業者の責任が免ぜられた損害や保険限度額を超えた場合は、国が被害者の保護のために必要な措置をとることになっており、事業者と国が一体となって原子力損害の填補を行うようになっています。』
これは、顧問弁護士なんかに確認した内容なのか?
本当にこんな解釈があるのか?
出鱈目ではないのか?ウソを書いているなら、問題じゃないのか?
ポイントを書くと、
ア 事業者が免責された損害
イ 保険限度額を超えた損害
の場合、
ウ 国と事業者が一体となって
エ 原子力損害を補填
するようになっている、って、法律のどの条文にそんなことが書いてあったの?
出鱈目を書くのもいい加減にして欲しい。
アの事業者が免責された場合(3条但書適用の場合)には、誰も払わないんだよ。
払うのは、事業者が免責されるのではなく、賠償義務はあるが、政府の賠償措置義務のある状態の場合(前記4の項参照)、というだけである。イも同様。
ウの「国と事業者が一体」なんて、夢でも見てるのか?
どこにそんなことが書いてあるというのか。援助は一体なんかじゃない。あくまで事業者が賠償するのを手助けする、というだけだ。国が原子力損害を補填するなんてのは、ウソである。あくまで義務のある賠償措置の場合のみ、だ。
勝手に拡大解釈し、都合のいい言説を広めるな。
こんなこと、どこの誰が言ったの?
ソース出せ、ソース。
牽強付会も甚だしい。
これが電力業界、経済界の言い分だそうだ。
こんな解説を基にしているから、経団連会長の如き発言が相次ぐのであろうか。