ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

=韓国人も誤用が多い敬語=  客相手の馬鹿丁寧な表現など

2013-05-22 22:29:11 | 韓国語あれこれ
 2つ前の記事で侮蔑語について書きましたが、今度は敬語です。

 たまたま「中央日報」(日本版)を見ていたら、例の飛行機内での”ラーメン騒動”に関するコラムが目にとまりました。
 「例のラーメン騒動」とは、4月15日ロサンゼルス行きの韓国系航空会社の機内で、ビジネスクラスに乗っていたポスコの役員A氏が機内食への不満を提起し、要求したラーメンを持っていくと「生煮えだ」「塩辛い」と抗議して「もう一度作ってこい」等々と騒ぎ立てて雑誌で乗務員の顔を殴ったりしたため、結局は韓国に戻されたという事件です。詳しくは→コチラ参照。あ、多少<嫌韓>気味ですが→コチラの方がおもしろい関係情報も載っています。

 さて、標記のコラムですが、副題そのままに<韓国社会の過熱した顧客優先主義も問題>というのがその主旨です。

 そして、その「韓国社会の過熱した顧客優先、親切第一の雰囲気」を具体的に示しているのが<事物尊称>だと記しています。

 <事物尊称>とは、日本語としては聞きなれない言葉です。前後を読んでみると、本来は人物に対して用いる尊敬語を、その人物の動作の対象等の事物に対して使ってしまうという誤用のことです。
 このコラムでは、冒頭で次の3つの例をあげています。
[A]お飲み物がお出になりました。   
[B]この箱にはパンが12個お入りになります。
[C]4000ウォンにおなりになります。


 ここで元の韓国語はどうなっているか、ちょっと気になって見てみました。→コチラです。

 そのコラムの元の見出しは과공은 비례라(過恭は非礼だと・・・」)。「과공(過恭)」は「丁寧すぎること」と辞書に載っていました。

 照らし合わせてみると、本文はほとんどそのまま訳されていますが、<事物尊称>の例が4つあげられている点が違っています。
①이 바지는 고객님께 크십니다.  
②음료 2잔 나오셨습니다.
③이 상자엔 빵이 12개 들어가십니다”.
④4000원이십니다.


ヌルボなりに訳してみると、
①このズボンはお客様には大きくていらっしゃいます。  
②飲み物2杯出て来られました。
③この箱にはパンが12個お入りになります。
④4000ウォンでいらっしゃいます。


 ・・・ということで、②~④は上の[A]~[C]とほとんど同じです。
 ただ、日本語の場合、たとえば目上の人に着ている服の値段を問う時、「このお召し物、おいくらでらっしゃいました?」と聞く人も、それを自然に聞く人もいるような気もします。

 そして①の場合。このように「大きくていらっしゃる」と訳したらたしかにヘンですが、「お客様には大きゅうございます」と言うと別に悪くはなさそうですね。
 考えてみれば、前者はズボンに対する尊敬語ですが後者は丁寧語。韓国語の「~십니다」は尊敬の表現なので、「大きゅうございます」とは訳されないということなのでしょう。
 しかし、この①の例文はそのあたりが理解しにくく、また訳しにくいということで日本版の記事では省いたのかな、ということを考えた次第です。

 しかし、韓国語で「이 바지는 고객님께 크십니다」とか「4000원이십니다」とか言われても、とくに引っかかることもなく聞き流してしまいそうです。

 日本の飲食店では、「持ち帰りでお願いします」という客の言い方が気になったり、「カレーライスになります」という店員さんに「アナタ、妖術使い?」と言いたくなったりしている私ヌルボではありますが・・・。

 このコラムの内容に戻って。冒頭の機内のラーメン騒動について「乗務員にラーメンを6回も持って来いという人間も問題だが、機内サービスの明白な限界にもかかわらず、無理な要求にずっと応じさせる航空会社の接客マニュアルも問題だ」と書いていますが、やっぱり「ラーメンを6回も持って来いという人間」の方がどうみても常識を外れてるなー・・・。
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「親日派」小説、読まずに排斥すべからず!④ 金聖珉「緑旗聯盟」を読む(下)

2013-05-22 19:10:16 | 韓国の小説・詩・エッセイ
 5月16日の記事の続きです。

 軍人になるのをやめんと仕送りはしないぞ、という父の脅しを契機に、小松原保子に求婚の手紙を出した南明哲と、それを拒絶しながらも今ひとつはっきりしない保子。2人がもたもたしている間に、脇役的な存在の南明姫と小松原保雅が「できちゃった事実婚」でアパート生活。
 そして「緑旗聯盟」の前半「玄海を越ゆ」のラストは、陸軍士官学校を卒業して京城の聯隊に赴任すべく東京駅を発つ場面。保雅とともに見送りに来ていた保子が渡した封筒は、十円紙幣だけが入っていた「御餞別」だけで、手紙はナシ・・・。なんとも微妙な距離感です。

 さて、後半「亞細亞の民」の初めの部分は、明哲の長兄・明燁(めいよう.ミョンヨプ)の懶惰な生活ぶりが描かれます。
 明燁の妻は富豪の娘。女専で当時ではまれな高い教育を受けた女性ですが、夫婦仲は険悪で、明燁は情婦の妓生(読みがなは「キーサン」)のところに入り浸っています。
 明燁が家に帰ると、「あなたの子どもよ」という赤子を負ぶった女が来ていて、300円を要求しますが、200円をやるということでケリをつけます。字が書けない女は拇印を捺します。

 ・・・このあたり、明がいかにもグータラでダメな男のようですが、読み進むと、そんな世を拗ねた生き方が彼のとり得る最もマシな選択なのかも、とも思えてきます。

 父親はいまだに頭に髷(まげ)を残したままの旧時代の人間で、時代の変化を全然理解していません。
 色服の奨励をはじめた総督府の悪口ばかりいっているとも・・・。
 彼の屋敷は桂洞町(現・桂洞←安国駅の北の方)にあり、「一つの大門と五つの中門」をくぐって入るような大邸宅で、使用人も大勢いるようです。
 そんな大富豪なので、長男・明燁も京城大学(略して城大)を出てもこれといった仕事にも就かずノンベンダラリと暮らせるのです。
 父は父で、明燁の3歳年下という「妓生あがり」の妾・蘭紅を同居させているのですから、明燁のことを厳しく叱れたものではありません。

 この明燁が、日本から戻った明哲、そしてその後1人で帰ってきた明洙と父親とのパイプ役になります。
 彼は、聯隊に明哲を訪ねます。その場面の抜粋です。ちょっと長いです。

 明哲は、兄の押しつけてくるような朝鮮語に、すこし当惑した顔をして、
 「兄さん、すみませんが一つ、内地語で話してくれませんか。」
と言った。
 明燁は、不思議な顔をして、
 「お前は、朝鮮語がわからないのか。」
 「ですが、ここは聯隊の中ですから。──」
 「聯隊のなかでは、朝鮮語を話してはいかんのか。」
 明哲は、兄の顔をちょっとみて、黙った。
 「お前の方で、朝鮮語を話すのが礼儀だと俺は思うんだが。──それに、俺はどうも、日本語はうまく話せんよ。」
 「・・・・・・・・」
 「しかし、お前ももう、朝鮮語はわからなくなってきたろうから、誰か通訳するものでも、そういって来ようじゃないか。」
 扉口の方をかえり見た。明哲はうつむきながら、「僕が朝鮮語で話しましょう。」と言った。
 「お前も朝鮮語を忘れるようになったのでは、そろそろ一人前にちかいよ。その上、内地人の妻君でも貰えば、もう立派なもんだ。」
 明哲はいく分反抗的に、そうしようと考えています、と言った。
 「そうしたがいい、そうしたがいい。」
 明燁は笑いながら、
 「そうしたら、今度は、名前もついでにかえるのだな。部下を指揮するのにも、その方が張合があるだろう。南明哲が指揮をするのでは、指揮される方が、かえってまごつくというもんだ。」


 ・・・朝鮮語や内鮮結婚に対するこの明燁の「言いぐさ」はいったいなんなのでしょうか? こうした皮肉まじりの「言いたい放題」を書くのは、作家としてどういう考え、どういう気持ちだったのか?

 明燁は明哲を家に連れて行って父に会わせますが、明哲は出て行けと一喝され、明燁は父から、伯父がこの件を親族会議にかけるという1ヵ月の間にやめさせろと命じられます。

 明燁は、明哲に自宅からの通勤を勧めます。その理由がまたふるっています。

 「やってみたらどうだ。こういう朝鮮家屋の中から、カーキ色の軍服がりゅうと出てくるのも、ちょっと異色のあるもんだぜ。」  
 明燁はにやりとした。
 「兄さんは、僕をからかっているのですか。」
 いや、真面目だよ。ただ、これは俺の調子だな。-そこでお前がりゅうと出てくれば、附近に立っていた朦朧曖昧のもの共が、まずびっくりするにちがいない。お前はそれに一瞥をもくれず、通りへ出てバスに乗り、車掌に内地語で切符を切ってもらう。背景はやがて、ゴミゴミした朝鮮街から、コマゴマした日本街になり、ビルディングのそびえている文化街へと目まぐるしく移動する。お前自身もいくらか呆然としているあいだに、聯隊へつくだろう。そこで、お前は自分の職責に目覚め、抜剣して、部下に号令をかける。」
 「夕方、勤務が終れば、今度はその反対ですね。」
 「そうだよ。この目覚ましい両極端へ、お前は毎日二回ずつ飛躍する光栄をもつことができるのだ。」
 明は真剣な顔をし、身ぶりを入れながら、
 「お前が起きて聯隊へ行くまでのあいだ、お前の内部において、相闘い豹変する人格の数は、おそらく十を下らないだろう。」


 ・・・この、「内部において、相闘い豹変する人格の数は、おそらく十を下らないだろう」というのは、もしかして作家自身のことかもしれません。

 一方、東京の明姫は男児を産み、保雅の父が結婚を認めたことを、明哲は明洙から知らされます。京城に返った明洙から明哲が聞いた話では、入籍に至った3つの原因は①保彦の帰国②保雅の社内でのうわさ。当初不審に思われたが、保雅のアパートを同僚たちが訪問して明姫への評価が変わった。「ちっとも変わらないよ」、ピアノが上手い、和服がよく似合う、内地語がうまい、きれい等々。
 ・・・このあたりも、文字にこそなっていないものの、批判の意がこめられています。

 帰郷した明洙は、明燁を本町(現・明洞)の喫茶店ルネッサンスに誘います。明燁は朝鮮服の少女の給仕にレモンティを注文します。そして明姫のことを打ち明けます。
 ところがおかしなことに、この喫茶店内で常連らしい小説家が自作を声をあげて朗読するのです。その内容は・・・。以下抜粋。

 それは、小説というよりも決闘状に近かった。あらゆる日本的なものへ対する断乎とした否定で、作中に現れる内地人はことごとくが悪者であり、その反対に半島人は、泥棒でさえが善人であった。・・・・(半島人の男と美人の日本人女性の恋愛は、彼女の自殺で終わる。) 
 作者はなお、この一作は激烈な思想性ゆえに、発表は許されないが、もとより自分は衆愚を相手とせず、これを理解するわずかの良友があれば、それだけで充分、こと足りると説明して結んだ。
 そして、小説家は着席した。


 ・・・いやー、これはなんだ!? 「この一作は激烈な思想性ゆえに、発表は許されないが、もとより自分は衆愚を相手とせず、これを理解するわずかの良友があれば、それだけで充分、こと足りる」という「小説」を、こんな形で小説に盛り込んでしまうとは!

 この「小説」を引き合いに、明洙は明姫のことを明に話します。
 しかしその後明燁は動かず、明洙もまた明哲のことで頑なになっている父に明姫の話を切り出せないまま時が過ぎます。

 軍人をやめない明哲のことで、伯父の家で親族会議が開かれます。会議は、明にいい案がなければ明哲は南家と絶縁ということに内定していました。
 そこで明は、明哲を結婚させることを提案。「一時も早く純朝鮮式な家庭のなかに生活させることです」と。
 (伯父)「それならば、嫁はなるべく学問のない女がよいのう。」  
 (明燁)「全然、無学な女でなければなりません。」

 伯父は、嫁の人選を(開明的な)明倫町の叔父に委ねます。伯父は「容貌だけは綺麗でなければならぬ」と笑いながらつけ加えます。

 明哲は、最初から断るつもりで明倫町の叔父が探した18歳になる娘の家を母と訪ねます。貧しい家の娘ですが・・・。以下はそのまま引用。
 明哲は娘が入ってきた刹那に、閃光のごとく、自分がいままで忘れていた一つのことを思い出した。それは、朝鮮の女の美しさに対する新しい発見であった。しかし、これだけの女が文盲であり無智であるということを、どうして想像することができ得よう。・・・ ・・・はっきりした結婚の確約を得ようとする娘の父に、明哲は「ただ、周囲の事情に強いられて、見合に来ただけなんです」と断ります。
 その帰途、電車内で男に声をかけられた明哲が次の停留所のパコタ公園前で下車すると、公園内でさらに二人の男が現れます。民族主義者たちで、「制裁だ」と言って明哲を殴る蹴る・・・。反撃に出た明哲が見ると、彼らのうち一人は娘の兄でした。
 明哲が見合いで相手を拒絶したことを父は当然と受けとめ、伯父にも謝らず、絶縁を言い渡されます。

 秋深くなって、サーカスが見たいから案内しろと父に言われた明に代わって、明洙が父と妾の蘭紅を連れて行った先は鍾路2丁目の映画館・朝鮮劇場。父はアメリカ映画よりも、戦線からのニュース映画に興味を示します。明洙は京城への空爆のおそれを語り、献金を勧めます。その後、明洙は父と共に本町の内地系の常設館へも案内します。明洙は、明哲もあの強い日本兵のように勇名を轟かし、南家の名誉を天下に馳せるでしょうと・・・。
 数日後、父の献金の記事が新聞に写真つきで掲載されます。ところが四五日後に伯父の献金の記事が。献金高は父より五十円多い。

 先の親族会議の数日前に盧橋溝事件が起こり、会議の場でも話題になっていました。
 そして中国での事態が広がる中、明哲が家にやってきて告げます。「動員令だよ。・・・明晩発つんだ。──」
 兄弟三人で送別会を開きます。妓生たちは長鼓の伴奏で古の歌謡を歌います。明哲は軍服のままです。
 翌日夜、京城駅からの軍用列車で明哲は出征します。見送る白衣の一団は南家の人々です。
 明が音頭をとって「南明哲君万歳」と声高々に三唱します。
 「皆の眼に涙が輝いた。」

 ・・・と、これがこの小説の最後の場面。
 結局、明哲と保子の間はペンディングのままです。また父は明姫の結婚と出産も知らないままです。

 総括。この「緑旗聯盟」で書かれていることは、
①日本人と韓国人の結婚や就職の際にみられる差別。
②日本語や日本風の名前の強制に対する疑問。
③そして、少しではありますが、朝鮮人による日本に対する抵抗。
④また、朝鮮人の旧態依然のようすに対する作家のはがゆさのようなものも感じられます。
⑤思想等と直接は関係なさそうですが、東京や京城の街の景物。特に飲食店関係。
⑥書かれなかったことで重要なことは、主人公の明哲がどういう意図で早稲田ではなく陸軍士官学校に入ったのか? ということ。彼が大日本帝国に忠誠を尽くすというような言葉や行為も全然書かれていません。

 日本のいわゆる「転向」についても、いろんな類型があったことが論じられています。今、非転向の宮本顕治の方が、転向した中野重治より上だなんてトンチンカンなことを言う人は少ないのではないでしょうか?
 ※転向論についての詳しい記事→コチラ
 共産主義者についても、表面だけ赤いリンゴ、中まで赤いトマト、中だけ赤いスイカといろいろあります。
 作者金聖がどこまで「親日」作家と言えるのか、この小説が「親日」小説として否定されるべきなのか、韓国の人たちには「もっときちんと読んでください」と言いたいです。そこに当時生きた韓国人作家の苦悩と苦心が込められている可能性は十分にあるのですから・・・。
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