この前読んだ郭再祐(クァク・ジェウ)の物語に続いて読んだ北朝鮮本は、同じ<絵で見る朝鮮歴史>シリーズの最終巻(第100巻)、チェ・ホンシク著「암혹속에서 태양을 기다리다(暗黒の中で太陽を待つ)」です。
本の内容に入る前にちょいと。
先の本を読んだ時には、「紙の色は古本みたいだが、スベスベしていて、紙質はそれなりに進化しているようだ」といったことを書きました。(→コチラ。)
ところが、今度の本は製本技術のダメさ加減が露呈。まだ半分も読まないうちに下の画像のような状態に・・・。
【みるみるうちに60ページ分(全体の3割)がバラバラになってしまいました。】
そりゃあノートパソコンだのカメラだの、他の本数冊その他ガラクタもろもろといっしょくたに布製バッグにギューギュー詰めにしているのも問題かもしれませんが、他の本はここまでひどくはなりませんよ。
前にも書きましたが、ひずみのないガラスやぐらつきのない茶碗を作ること等と同様、基本技術からして世の文化文明から何十年も遅れているのではないかと思わせます。
で、本の内容はというと、時代は1909年1月~10年9月。つまり日韓併合の直前から直後までです。
冒頭の大韓帝国皇帝の純宗が先の皇帝の高宗の所に新年の挨拶に行く場面(1月2日)から同月の純宗の地方巡幸(大邱・釜山・馬山方面)、09年7月の己酉覚書(日本による司法権と警察権の掌握)、10月の伊藤博文暗殺・・・と、けっこう詳しく書かれているなと思いつつ、読み進んで、先の郭再祐のような「英雄」は登場しないのか、という疑念が高まったところ、半分近くの94ページに至ってやっとこの人!
【李在明(리재명.リ・ジェミョン)。表紙の人と同人物とは思えないですね。】
李在明。韓国では이재명(イ・ジェミョン)という表記・発音になります。
実は私ヌルボ、彼のことは知りませんでした。韓国を日本に売り渡した「売国奴」の筆頭とされる李完用(→ウィキペディア)を1909年12月22日明洞聖堂前で襲った刺客です。上の絵は彼が李完用暗殺を決意した時の顔です。正義の人にしては凶相めいていますが・・・。
【 「義挙」決行!・・・といっても、子どもに見せるにはちょっとキョーレツすぎるのでは? 】
李完用は重傷を負ったものの、当時最高レベルの胸部外科手術を受けて一命を取り留めました。その場で逮捕された李在明は日韓併合の翌月1910年9月に西大門刑務所で絞首刑に処せられます。
【首に縄がかけられた李在明の形相がすごい! この顔で「倭奴(ウェノム)どもよ!」だから、びびってしまいそう。】
この本では、李在明は首に縄がかけられると、声を張り上げて「この倭奴どもよ! きっと滅びる日が来るぞ!」と叫んでいます。
物語はこれでおしまい。あ、少し後日談がありますが・・・。
また蛇足ながらつけ加えておきますと、タイトルの「太陽を待つ」の太陽とはこの少し後の1912年4月15日に生まれた金日成のことです。(本書に倣って太字にしてみました。)
<エンハウィキ>の李在明の項(→コチラ.韓国語)にはもっと詳しく書かれています。
裁判所で李在明は日本人裁判長が「被告のような凶行した人が何人にもなるのか」と尋ねると、「野蛮な島国の無学無知な奴! おまえは凶の字だけ知っていて義の字を知らないのか。私は凶行ではなく堂々と義行をしたのだ」と叫んだ。裁判長が再び「では、被告の行為に賛成する人は何人くらいになるのか?」と尋ねたところ「2千万だ!」と答えると、窓の外から「正しい!」という声と共に興奮した傍聴客たちが窓ガラスを割った。
また、「野蛮な倭奴は出して、窓の外の韓国人を皆入れろ。そうしないと私はあなたの尋問には答えないぞ」と言った。1910年9月、西大門刑務所で絞首刑が執行されて殉国。 殉国直前に「私は死んで数十万人の李在明に転生して、かならず日本を滅ぼしてしまうぞ!」という言葉を残した。1962年建国勲章大統領章が追叙された。
彼の出身地は平壌ということですが、それもシリーズに入っていることと関係あるかどうか? 安重根がこのシリーズに入っているかどうかは未確認。あ、彼も黄海道海州で北出身か。
ついでに、彼の写真。
【1890年生まれだから、わずか20年の生涯だったのか。】
【現在「義挙」現場の明洞聖堂前にある記念の碑石。今まで気づかなかったなー。】
この李在明のこと以外にも、いろいろ勉強になりました。もちろん北朝鮮の「史観」で書かれているので、史実を確認するのがいろいろメンドーでしたが・・・。
曾禰荒助や寺内正毅等々の日本の軍人・政治家が何人も出てくる中で、簡単にはわからなかったのが데바 시게도시(でば しげどし)なる軍人。前の本でも안곡끼 에게이(あんこっき えげい)というのがあって、それはすぐ安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)とわかったのですが、今度は少し厄介。
しかしなんとか会津出身の軍人・出羽重遠(でわ しげとお)(→ウィキペディア)とわかりました。
→コチラの記事によると、1909年1月8~9日の大韓帝国内閣法制局官報課発表の宮廷録事に、巡幸中の純宗が釜山の行在所で陛見した人物中に彼の名があります。しかし、そこで出羽が伊藤博文に「ここで純宗を斬る!」などと息巻いていたというこの本の中のエピソードは何か根拠があるのかな?
【曾禰荒助(左)と、でばしげどし、じゃなくて出羽重遠(右)。】
以上、李在明を中心にもっぱら歴史関係について書きました。
朝鮮語(韓国語)学習に関して1つだけ。
最初のページで次のような文章がありました。(一部省略。) どう訳しますか?
강제로 밀려난 고종황제는 연금생활을 하고 있다.
(強制的に退位させられた高宗皇帝は年金生活を送っていた。)
・・・と、あれ? 皇帝が年金生活っておかしいゾ。正解は(軟禁)生活。←範囲指定すると答えが見えます。
연금술사だったら錬金術師とすぐわかるのですがねー。私ヌルボ以外にも、なんとなく年金生活と読んでしまう韓国語学習者の人、きっといると思うなー。
別件で気になったのが前の本同様、いやそれ以上かというほどの倭奴(ウェノム)という言葉の多さ。
それから伊藤博文の場合は○○に例えられています。
【似ているとともに、狡猾な感じを出しています。】
→コチラの記事にもあるように、北朝鮮は敵を動物に例えるのが非常に好きなようです。先の本でも、壬辰倭乱の時の日本兵を「猿にも等しい」と書いていましたが、この伊藤博文もその一例だな、と思いました。こういう本を読んで育つと、悪いヤツを見ると自然に動物の姿が思い浮かぶようになるのでしょうか?
○○の正解はまたいずれ、ということにします。
しかし、すぐばらばらになる本は他にも用途がありそう。あ、学習ドリルの類がすであるか。
日本でも意図的にすぐばらばらになる装丁を採用する本があっても良いかも。
北朝鮮の装丁はひょっとすると「周回遅れのトップランナー」ではないでしょうか?