ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

「景福宮の秘密コード」はおもしろかった、が、歴史としては疑問も・・・ [1]

2012-09-28 15:52:44 | 韓国の小説・詩・エッセイ
          

 イ・ジョンミョン作の時代劇ミステリー小説景福宮の秘密コード(上・下)をイッキに読了しました。
 昨年10~12月放映された韓国SBSのドラマ根の深い木(뿌리 깊은 나무)の原作本です。
 ドラマは日本でも今年(2012年)3月からKNTVで放映され、なかなかの好評だったようで、7月24日〜9月17日再放送されました。
 当然原作本の注目度も高まる中、私ヌルボも読んでみるかなと思ったものの、上下巻で約4千円! 吉野家の牛鍋丼14杯分にもなるではないかと考え、やむなく市立図書館で借りようと思っても予約件数が20件くらいという状況がずっと続き、最近になってようやく借りられるようになった次第です。

 さて、読み終えた感想は、「おもしろかった」。
 イッキに読めたのは、まず展開が早いから、です。
 連続殺人物でありながらも、被害者がいきなり登場の人ばかりなので、たとえばA.クリスティ「そして誰もいなくなった」横溝正史「獄門島」のような、次は誰が殺されるんだろ?というゾクゾク感がなく、ゲーム感覚で気楽に読める。
 また、たとえば歴史物でもU.エーコ「薔薇の名前」みたいに難しいことが書かれてなくて、軽く読める。
 まあ逆に言えば、これらの点が上に挙げた3作品に及ばない点ではあるんですけど・・・。いかにもドラマ化には適した読み物ですね。

 本書を読んだ方々のブログ記事を見てみると、ミステリーもさることながら「歴史の勉強になった」という感想が多くありました。

 それはたしかにそうで、けっこう史実にのっとって書かれています。
 物語の時代設定は1443年(世宗25年)と特定できます。この年12月に訓民正音が完成しました。
 主な登場人物にしても、世宗はもちろんとして、以下の人物は実在の人物で、日本(or韓国)ウィキ等にいろいろな記事があります。

チェ・マンリ[崔萬理.최만리](1388(?)~1445)・・・本書では職名が「大提学」となっていますが、「副提学」が正しいようです。「訓民正音」に反対したのは事実で、「訓民正音」(平凡社.東洋文庫)にはチェ・マンリ等が異議を唱えて提出した「崔万理等諺文反対上疏文」が併載されています。ドラマ「大王世宗」にも登場します。(←チェ・マルリと表記)

チョン・インジ[鄭麟趾.정인지](1396~1478)・・・本書では「副提学」となっていますが、ドラマの方ではコチラが「大提学」。野間秀樹「ハングルの誕生」等によると「副提学」が正しいようです。「大王世宗」「王と妃」「韓明澮」「死六臣」等のドラマにも登場してます。「訓民正音」末尾に「鄭麟趾序」を書いています。その中で、彼は共に解説・凡例を作った人物として以下の3人を含む7人の名を記しています。

シン・スクチュ[申叔舟.신숙주](1417~75)・・・韓国ウィキによると、彼も集賢殿の一員として、「吏読(りとう)はもちろん中国語・日本語・モンゴル語・女真語にあまねく通じていて、これらを比較・分析して「訓民正音」創製に重要な役割を果した」とのことです。
 しかし本書では、通信使の書状官として日本に行っていたため、名前が少し出てくるだけで、登場人物とするには無理がありますね。
 ところが、通信使一向が朝鮮から出発したのが2月21日、4月に日本に着いたものの、入京拒否の知らせを受け兵庫津で足止めされ、6月11日に誤解が解けて入京し、6月19日に新将軍足利義勝と会見して前将軍義教への弔意を伝えた、とのこと。
 でもねー、この本の連続殺人は10月だから、もう帰国してたんじゃないの? (・・・って、こんな重箱の隅をつついて何の意味があるんだ?)
 シン・スクチュはドラマ「王女の男」「死六臣」「韓明澮」にも登場します。

ソン・サンムン[成三問.성삼문](1418~56)パク・ペンニョン[朴彭年.박팽년](1417~56)・・・この2人は、後年の<死六臣>として有名。韓国版・忠臣蔵というふれ込みのドラマ「死六臣」にもちろん登場します。ソン・サンムンが主役。この時シン・スクチェは対立する首陽大君(世祖)の側。かつての仲間が敵同士になり、運命の明暗が分かれてしまいます。(<朝鮮新報>のサイト中の関係記事→コチラ。)

 しかし、「歴史の勉強」という観点でこの小説を読むとなると、留意しなければならないのが史実とフィクションの見きわめ。
 とくに作者のイ・ジョンミョン氏は、ドラマ「風の絵師」の原作本でも「絵師申潤福(シン・ユンボク)は実は女性だった!」というトンデモ設定で書いたりしてるので、「大胆な」歴史解釈がなされているのではないかということは本作を読む際にも念頭に置く必要はあります。

 とりあえず、役所・役職関係のいろいろは勉強になりましたということで、それ以外でいくつかつあげると、まず魔方陣のこと。これが古代中国の<河図洛書>にすでにあったことは私ヌルボ、知りませんでした。読みやすい記事→コチラ。(ただし「魔陣」は誤りで「魔陣」が正しい表記。)

 また、本作ではパスパ文字がハングル創製のモデルとなったように記されていますが、ウィキのハングルの項目には「起―成文図起源説、パスパ文字起源説など諸説がある」とのことです。

 勉強になったこともう1つは、原作のタイトル「根の深い木(뿌리 깊은 나무)」の意味
 この言葉で、最初私ヌルボが思い起こしたのは、以前出版社の社名&雑誌名でこの言葉を見たこと。根の深い木社では、後に「泉が深い水(샘이 깊은 물)」という雑誌を刊行しました。
 今調べたら、前者は1976年創刊で80年に新軍部により廃刊。後者は1984~2001年に発行されていました。
 私ヌルボ、韓国人青年に「「水が深い泉(물이 깊은 샘)」じゃなくて、なんで「泉が深い水(샘이 깊은 물)」なの?」と訊いたことがありました。(今もよくわからず。)
 ところがこれらの言葉はハングルで書かれた最初(1447年)の詩集龍飛御天歌(용비어천가)の一節だったんですね。

 現代韓国語にすると、
 뿌리 깊은 나무는 바람에 흔들리지 아니하고, 꽃이 화려하게 피고 열매가 많습니다.
 샘(泉)이 깊은 물은 가뭄에도 마르지 않고, 내(川)를 이루어 바다로 흘러갑니다.
 
  (根の深い木は風にも動かず、花を咲かせ、実がたわわになり
   深い所から湧く泉は日照りにも涸れないので溢れて川となり海へと流れる)


 ・・・ということで、タイトルの「龍」とは朝鮮の歴代の王を指し、朝鮮を讃えるという内容の詩とのことです。→コチラの記事によると、最初は「불휘 기픈 남간 바라매 아니 뮐쌔 곶 됴코 여름 하나니・・・」というように記されていたそうでか。

※参考:「中央日報」のコラム<噴水台>「龍飛御天歌」・・・「龍飛御天歌」を引き合いにして盧武鉉次期大統領(当時)を揶揄しています。

 次に金属活字のことについてもちょっと調べてみるかな、とも思ったのですが、これはウィキの「活字」の項目の関連部分をちょっとコピペするだけに止めます。
 高麗末の14世紀後半に印刷された直指心体要節が現存する世界最古の金属活字本であるといわれている。1403年には青銅製の活字が作られ(銅活字とよばれる)、実用化したといわれている。高麗に於いては発達を見せず、李氏朝鮮に至ってはじめて本格化した。永楽元年(1403年)に李成桂の命により活字鋳造がはじめられた。
 ・・・つまり、この本の記述は虚構ではないということですね、たぶん。

 はてさてところでそれよりも何よりも、このブログ記事の本論は、「景福宮の秘密コード」におけるかなり重大な史実の誤りと歴史認識の問題点だったのですが、例によって本論にたどりつくまでに延々とあれこれ細々と書いてしまいましたので、本論は続きで、というにします。ふー。

 続きは→コチラです。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 竹島問題についての雑感(2... | トップ | 韓国のTV番組 週間視聴率ベ... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ハングル (前川健一)
2012-09-28 23:46:54
 ハングル誕生の詳しい状況がわかるのかと思い、ドラマを見ましたが、CGやワイヤーを使ったアクション重視で肩透かしを食わされました。まあ、ハングルの歴史は韓国人はみな知っていることなので、そういう事情は描かなくてもいいのかな。
 余談ですが、作者の名は、イ・ジョンミンではなく、イ・ジョンミョンですよね。
返信する
ハングルに対する強い思い入れはあるが・・・ (ヌルボ)
2012-09-29 02:35:03
私はドラマは見ていませんが、関連サイトを見ると原作とかなり違うようですね。原作ではアクション部分なんてあったかな?という感じです。
ハングルの歴史についての韓国人の理解は、「世宗大王が制定した」という知識と、「どんな音でも表記できる世界一優れた文字である」という強い思い入れはあっても、具体的な経緯・背景等はよく知らない人が多いのではないでしょうか?

野間秀樹「ハングルの誕生」(平凡社新書)が韓国でも訳書が刊行されて大きな評価を受けたのも、韓国で同様の緻密でわかりやすく書かれた一般書がなかったからだと思います。
この本については、→こちらのブログ記事
http://www.tufs.ac.jp/blog/ts/p/gsl/2010/11/post_45.html
に紹介されています。

著者名の入力ミスのご指摘ありがとうございました。訂正しました。
返信する

コメントを投稿

韓国の小説・詩・エッセイ」カテゴリの最新記事