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越南作家・李浩哲の小説2作を読む 「板門店」と「南のひと北のひと

2010-12-09 16:07:00 | 韓国の小説・詩・エッセイ
      

 李浩哲の小説「南のひと北のひと」(新潮社)「板門店」(作品社)の2冊を続けて読みました。もちろん日本語訳です。

 李浩哲(1932~)は78歳の今も新作を出している作家です。咸鏡南道元山(ウォンサン.現・北朝鮮)の出身で、1950年元山高級中学校3年の時に朝鮮戦争勃発。同年7月人民軍に強制動員されたが、12月国連軍の捕虜となり、その後釈放されて以来韓国で労務者生活等を経て1955年文壇にデビューした<越南作家>です。

※「板門店」の川村湊先生の解説によると、同い年の作家・後藤明生(1932~99)は生まれは永興(ヨンフン)だが中学は元山中学校で李浩哲と同窓。しかし同校に通ったのは1945年春から終戦までの数ヵ月で、後藤は李浩哲のことはよく覚えていない、と語ったそうです。同じことを川村先生が李浩哲に聞くと、彼の方は後藤をよく覚えていたとのことです。
 後藤明生と朝鮮のことは、いずれ記事にします。
※3歳年長の詩人・金時鐘(1929~)も元山生まれですが、中学校は光州の教員養成の学校でした。

 先に読んだ「板門店」の方は、朝鮮戦争そのものというより、当時の混乱の中で行き別れとなってしまった親子のその後とか、戦争中に軍令に反したかどで危うく処刑されかけた男がその後も持ち続けた偽りの証言者たちへの怨み等々、戦争にまつわるさまざまな人間模様を描いた6編の連作集です。

 もう一方の「南のひと北のひと」は、朝鮮戦争勃発の前から戦争中に捕虜となった時までの李浩哲自身の体験をベースにした、5編からなる自伝的要素の強い連作です。

 私ヌルボとしては、「南のひと北のひと」の方を興味深く読みました。
この小説について、あるサイトでは「とにかく面白くない」等々かなり手厳しく批判しています。
 たしかに、主人公の周囲のさまざまな人間像はいろいろ描写されていますが、激動する状況下、多感な若者に当然あったはずの内心の葛藤などがほとんど書き込まれていなくて、小説的な感興は今ひとつ食い足りない感は否めません。
 しかし、終戦後の38度線の北の社会や、学校内の雰囲気の変化等の記述は興味深いものがあります。
 たとえば、スターリンの肖像画の洪水の中で、地主から没収した土地をが小作人たちに分け与えられていくようす、熱に浮かされたように教条主義的な弁舌を長々とたれる「熱誠分子」の学生、いろんなタイプの教師たち等々。

また、本書では、越南者を時期によって3つに分けています。

 第1期は、1946年1月の信託統治の賛否をめぐる騒動の頃。当時の雰囲気は次のように描かれています。

 その四ヵ月間のわが中学内の雰囲気を振り返ってみると、何やら透明なガラス水槽の中か、童話の世界の中のように浮かび上がってくるものがある。それはようやく根を張りはじめた北の体制とは関係ない、大正や昭和初頭の日本とその後に彼らが経験した南の世相を適当にかき混ぜたビビムパプみたいな雰囲気だった。事実、教師たちの大半がこの学校の先輩たちで、日本の高等学校や大学の出身であり、中には欧米の水に浸かったひととたちもいたからだ。

 上記のような教師たちはこの時期に越南し、その後南で大學教授や高級官吏などになります。
 彼らの越南後に共産主義者たちが羽振りをきかせはじめます。越南した最初の校長は「今日はよいお天気です。みなさんの顔も今朝はとても晴ればれとしています」と朝礼で話していましたが、その後に赴任した校長は次のような二時間もの長広舌。「長い桎梏の歴史であった過去三十六年間、・・・いま日帝の鎖と軛(くびき)のもとから解放されて・・・、学生トンムたち! スターリン大元帥領導下の偉大なるソ連軍の・・・全世界の被抑圧階級の解放に足並みをそろえ・・・」。
 作者は「第一期で越南したひとたちはどこか、私たちとは人種が異なるひとたちではなかったかと思う」と記しています。また次のようにも記しています。
 「変化は何も信託統治の賛否をめぐる騒動の最中に、ある日とつぜん押し寄せてきたのではなかった。それは最後の駄目押しの一撃にすぎず、いつからかひそかにじわじわと迫っていたのだった。」

 越南の第2期は、38度線が凍てついた後の48年前後。
 そして第3期は朝鮮戦争中の1951年1月の中国軍参戦で国軍がソウルを撤退した時に避難民が大量に越南した時、ということです。

 上記の他にも、今では軍隊や学校での代表的体罰の名称になってしまっている<元山爆撃>の現場の状況なども描かれています。

 戦後の長い軍政下、全的な言論の自由がなかった時代の作家として、とくに朝鮮戦争や北朝鮮についてはいろいろ制約があったと思われます。先にヌルボも厳しい感想も記しましたが、その点は念頭において読むべきでしょうね。

※李浩哲さんは小説の取材等でときおり日本に来ているようです。<ブログかわやん>中にに分けてその時の記事がありました。また、その時の飲み屋での写真入りの記事もありました。金時鐘さんも一緒に写っています。

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