4ヵ月近くツンドクになっていた国分隼人「北朝鮮の鉄道事情」(新人物文庫)をイッキ読み!
結論を先に書いておきます。決して鉄道マニアのためたけの本ではありません。北朝鮮の社会・政治に関心のある人、これは必読書です。
2007年刊の「将軍様の鉄道 北朝鮮の鉄道事情」(新潮社)を改題し、新編集をして11年8月に刊行された本です。
この本は、北朝鮮の鉄道にとことん絞って、車両や路線、鉄道の歴史等々、いかにもマニアらしくつぶさに調べ上げていますが、まさにそのことによって、北朝鮮の社会全体が相当程度見通せるのではないかと思います。
今回の記事では、私ヌルボがとくに関心を持った点について列挙します。
①北朝鮮の鉄道は遅い!
中朝国境(丹東)から平壌までの225㎞に5時間もかかる。戦前の蒸気機関車の時代には4時間15分だったから、退化しているのです。その理由は、補修作業が行き届かないため。バラストが間引かれ、腐食した枕木も多く、脱線のおそれがある。早い列車で時速40㎞、地方路線では20~30㎞、山岳地帯では15㎞がやっと。また自動信号化率はわずか1%。日本では骨董品ともいえる腕木式信号機やタブレット交換等、手動で安全確認が行われているとか。
②時刻表は機密文書!
北朝鮮では時刻表はあるものの、ふつう必要とされない、というのはよくわかります。しかし「国外持ち出し禁止品目に指定されているため、海外からの旅行者は購入すらできない」とは!
それでも「北朝鮮からの行商人によって持ち出され、中国国内の闇市場で高値で取引されることもある」そうで・・・。
本書の「おわりに」によると、著者は「藁半紙に印刷された粗末な北朝鮮の時刻表」を「ふとしたことで手に入れた」そうです。本書に(小さくて見づらいですが)そのページの一部と路線図のコピーが載せられています。
③「1号列車」(将軍特別専用列車)の運行のものものしさ!
防弾防爆のため床部に鉄板を入れ、窓ガラスは電動で上下する防弾二重窓。装備はテーブルやソファ等はもちろん、映画やテレビの観賞用に大型スクリーンが2つあるとかパソコンが設置されているとか・・・。また3台のベンツを格納する車載車もあるとか。
しかし、この金正日を載せた1号列車の運行自体が一大行事。ダイヤの変更だの、安全を期しての先発列車と後発列車の運転、沿線には50mおきに兵士や鉄道員を立たせる。金正日が降り立つ時には真っ先に狙撃兵が降り立つ等々。
さらに大変なのは沿線の住民。以前金日成が中国に行く時は、「線路周辺のあらゆるものを磨き、ペンキを塗り、掃除をして装飾をする」とある駅員の証言。その平壌~新義州の沿線は外国人の目にもふれるので、倒れそうな家や建物はなく、観賞用にごまかすために建てた家や建物があるのみだそうです。
おおよそは「さもありなん」という感想のヌルボも呆れたのは、「学生までも動員して、線路と道路横の石ころを並べて五色模様で塗り、線路周辺の草は全部抜かなければならない」というくだり。まさにホンマカイナ!?という感じです。
④一般国民が鉄道に乗るのは一苦労、どころではない!
私ヌルボが北朝鮮に行った時も、荷台に人々を満載したトラックを目にしました。しかし、本書によると「都市間バスは存在せず、乗り合いトラックは料金が高額なため、国内の中長距離移動は鉄道に頼らざるを得ない」し、「平壌へ向かうには鉄道が唯一の移動手段」なのだそうです。ところが、この鉄道旅行というのが並大抵の大変さではないのです。その<関門>を順序通りに書きます。
(1)公民証(住民登録証)
(2)役所発行の通行証
(3)切符・・・座席数が限られ、高価で購入困難。賄賂が必要。一般人民が乗れる一般座席者には窓ガラスのない車両もある。
(4)食料と飲料・・・列車の遅れが多く、途中で飢える危険性もある(!)。
(5)客車内には切符や通行証等をチェックする<列車安全員>、実弾を込めた銃を携帯する<列車保安員>がいる。
(6)平壌に入るには特別な承認番号が必要。警務取締官が乗り込み検査をするため、平壌駅に到着するまで相当数が強制的に降ろされる。
(7)改札を出る際のチェック・・・公民証や通行証等のチェックのため確認口に並ばされて出るまでに30分以上かかる。通行証は保管される。
⑤報道されない大事故!
本書中の<北朝鮮鉄道事故史>には1970年代から2006年まで13の大事故がリストアップされています。1996年12月の慈江道熙川郡で、屋根まで人を乗せたため過積載で制動が利かなくなった12両の列車が断崖から天せくして2千~6千人死傷した事故、2004年4月22日龍川駅で貨物列車が爆発し、周辺住民3千人以上が死傷した事故(これは金正日を乗せた列車が狙われたのでは?と伝えられましたね)、06年4月23日に咸鏡南道浮来山駅付近で急行列車と貨物列車が正面衝突し、千人以上が死亡した事故等々。・・・しかし、事故や犯罪が報道されない国なのに、どこから情報を得たのでしょうね?
⑥金正日専用の鉄道駅をグーグルアースで確認!
平壌中心部から車で北へ15分の所に<22号招待所>、すなわち金正日の専用施設があり、そして専用の鉄道駅があります。
本書によると、その駅とアクセス線の存在はこれまで噂レベルの話でしかなかったとのこと。しかしそれが「近年、「グーグルアース」によって確認できてしまった」そうです。
その位置(北緯39゚0638.19東経125゚4721.02)も書かれているので、ヌルボもさっそく見てみました。たしかに駅舎とプラットフォームが確認できます。しかし、よくこれがその駅だとわかるものです。
【本書にあるように、敷地の北側には機関車庫や転車台(上部右の小さな円形の所)もあります。】
⑦3つの鉄道博物館に展示されている歴史的機関車!
平壌駅近くの<鉄道省革命事績館>には、日本の統治期の伝説の存在とされる、今は廃された金剛山電気鉄道の電車が美しく整備され展示されているとか。
平壌市北方の100haという広大な<三大革命展示館>中の重工業館の外部には現代の鉄道車両が並んでいるとのこと。また同じく平壌市内にある<地下鉄革命事績館>には、韓国より早く1973年に開設した地下鉄の1号車がガラスケース内に収められていて「一見の価値はある」と書いてあるからには著者は見たのでしょうね。
⑧外国製の機関車もすべて自国製とプロパガンダ!
1961年に北朝鮮最初の本線法電気機関車<赤旗1型>誕生。北朝鮮製造と報じていたが実はチェコスロバキア製。1960年代末に登場して今も現役の内燃機関車(ディーゼル機関車)<新星>(実はソ連製)も、70年代の地下鉄(実は中国製)も、80年代の路面電車(実はチェコスロバキア製)も、すべて自国製とされているそうです。
⑨大きな謎は著者その人!
上記以外に、本書にはまだまだ詳細な情報がいっぱい。外国人が北朝鮮に行っても自由な取材が困難な国で、どのようにしてこんな内容の本が書けたのか、驚きとともに疑問もわいてきます。先に出た「将軍様の鉄道 北朝鮮の鉄道事情」ではSLの運転室の映像まで収録したDVDまで付録についていたとか! 誰がどのように撮ったのか? また時刻表は一体どこでどうして入手したのでしょうね?
国分隼人さんはトラベルライターとなってますが他の著作もないし、名前自体鹿児島県にある2つの隣接した駅名を合わせたもの。イラストの国分錦江の錦江も同じ鹿児島県の駅名です。つまり、どう見ても偽名(というかペンネームというか・・・)ですね。
北朝鮮にとってはおそらく書かれるとまずいような内容の本なので実名を避けたのかな?
すると誰が書いたか?ということについて、ヌルボなりの推定はないこともないですが、確証のないことは書くべきではないと思われるので書きません。
オマケの話。
私ヌルボが北朝鮮に行った1991年当時の板門店ツアーは平壌~開城は鉄道で行ったのですが、本書によると1992年4月に高速道路が水通したため、海外旅行者の移動は自動車に転換されたということです。あの古~い中国製?客車に乗ったのは、思えば貴重な体験でした。