愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

別れるために出逢ったわけではないけれど

2011-11-13 23:55:18 | シェラの日々
☆突然の訪れる不幸の哀しみ 

 「もう少し、せめてもう少し一緒にいたかった」
 その言葉がぼくの胸に突き刺さる。

 名古屋の叔母の葬儀に出かけた。直前まで元気だったのに、木曜日の夜、突然帰らぬ旅に発った。82歳。「お父さんを置いてわたしは死ねない」といいつづけていたそうだが、87歳の叔母婿の叔父が遺された。

 「好きで一緒になったのだから、もう少し一緒にいたかった」
 初七日の席で、車椅子の叔父は涙ながらに再び挨拶をした。身内だけになったという安心感で赤裸々な心情が吐露できたのだろう。
 喋るのが仕事の教員でありながら叔父はまったくもって無口な人だった。だから、叔父の若いころの声さえぼくは知らない。叔父の本質をいまようやく知った思いだった。親しみが湧いた。
 63年を幸せに暮らした夫婦には、もうこれでいいという時間などないのだろう。この夫婦愛にぼくは圧倒された。

 人間と犬とを同列で見るのが不遜なのを承知でいえば、愛情を傾けた者を喪う痛みは同質である。覚悟を固める暇もなく、突然訪れた愛する者の不帰の旅立ちに戸惑い、悔しさを滲ませる叔父の姿をぼくは正視できなかった。それはむぎを喪ったときのぼくに重なる。
 犬ですらぼくにはあれほど辛かったのだ。叔父の気持ちは察して余りある。

☆シェラへのぼくたちの覚悟 


 昨日はシェラの腫瘍について病院でレクチャーを受けた。右足の間接から付根にかけての大きなコブは脂肪の塊なのでさほど心配するには及ばない。だが、喉に宿った腫瘍は悪性である、と……。リンパ腺も抱え込んだ腫瘍であり、位置が位置だけに手術して摘出は困難。薬で様子を見るしかない。

 願いはひとつ、まもなく17歳を迎えるシェラに病理的な痛みであれ、治療のための外科的な痛みであれ、およそ痛みの類いは与えたくない。シェラが痛みから距離をおける手段こそが最善の選択だと信じている。
 若干の延命の代償に痛みや苦しみを与えるのはぼくたちの本意ではない。シェラのみならず、それはぼく自身もまた同じであり、家人にとっても自身の願いである。

 いくつかの方法の中から、とりあえず、ステロイドを投与して観察することにした。放置すれば、腫瘍が大きくなり(実際、かなりの速度で肥大化している)、食事や呼吸に困難をきたしかねない。それはそれで苦痛を伴う。

☆愛するがゆえの惜別 

 毛艶は若いころと遜色ないほどだし、顔だってすっかり白くなってしまったがまだしっかりしている。何よりも食欲は衰えていない。目もまだけっこう見えている。
 ただ、耳はさらに遠くなったし、歩くスタミナは高齢犬そのものだが、「生きていこう」とする気力は揺るぎない。そんなシェラの意志に応えてやりたい。

 幸いにして、シェラの場合はぼくたちが覚悟をする余裕がある。むろん、これからどんな辛さが待っているか計り知れないが、ぼくたちもまたそれに耐えていこうと思う。そうした時間を与えてもらえたことがどれだけ幸せなのかを噛み締めながら。
 別れこそがこの世の宿世だよねと納得できるように……。
 
 それでもシェラを送ったあとにきっと思うだろう、「もう少し、せめてあと少し一緒にいたかった」と――。