☆わんぱくだって愛しいじゃないか
ルイのしつけ教室を1週間後に控えた今週はじめ、家人から教室に入れるのを「延期したい」という意思表示があった。たしかにルイのやんちゃぶりに辟易する毎日ではあるが、あくまでも一過性の現象であり、すぐに「あのころのやんちゃの日々がなつかしい」といいあう日がくるぞとぼくはいいつづけてきた。
彼女の揺れ動く心の内を揶揄するかのように、ルイは一定の成長を見せながらも、わんぱくがやむ気配はなかった。
ルイに手こずってはいるが、ぼくの目には、いま、しつけ教室に入れるほど深刻な問題児には思えなかった。いたずら小僧ルイは、たとえば、目の前で手当たり次第何かを加えて逃げていくが、それもこちら(主にぼくなのだが)の気を引いて遊んでもらおうという魂胆そのものでしかない。
たとえば、スリッパであり、脱いでソファーに置いたシャツであり、玄関の靴であったりする。あるいは不用意にソファーの上に放置したぼくのカバンから何かを引きずりだしてくわえていく。
それらを口にくわえたまま、「さあ、父ちゃんどうする?」とぼくの顔を見上げるルイが、ぼくにはかわいくてならない。とりわけ、玄関からわざわざ重い靴をくわえ、運んできたときの姿は、「おい、ちょっと待て」と焦りながらも愛しさがつのる。「そんな重たいものをくわえてきて、ご苦労さんだな」と……。
とはいえ、ルイがときどき破壊獣と化すのは否定できない。それでもあらかたはくわえていった新聞紙やらゴミ箱から引きずり出したティッシュをバリバリに引き裂く程度が大半である。
たしかに、過去、ソファーを破いてオシャカにしたし、カバンから持ち出したぼくの手帳の一部を破いてしまい8月30日と9月3日の部分が欠落してしまった(この日は予定を入れずにおこうと半分本気で考えている)。
そんな程度である。
☆苦労しなかったシェラとむぎ
ルイに手こずりながら、ぼくとしてはルイをほとんどしつけをやっていないといううしろめたさがある。シェラのときはしつけの教本を買ってきてせっせとやったものだった。シェラのほうもよくこたえてくれて、苦労せずに意志の疎通が可能になった。単純にぼくの左側を歩かせるだけの「つけ」など一回で覚えてくれたほどだ。
とはいえ、忘れているだけで、当時はそれなりの苦労をしたかもしれない。だが、シェラに関しては、むしろ途中でしつけをやめたほどだ。
犬の訓練に関するいろいろな本を読んでいるうちに、ご自分の経験を誇る1冊に出会った。その方の文章からも、また、犬たちの様子からもまるで愛情が感じられなかったからである。たしかに完璧にしつけていたのだろうが、ただ飼い主の意思にしたがうだけの、まるでロボットのような犬たちに思えた。
「これじゃサイボーグじゃないか」本を読んでぼくは不愉快になった。そこには犬たちの情緒がまるで感じられない。感情の交流が欠落している飼い主と犬たちの関係しか見えてこなかった。
シェラには、イヤなときは「イヤ」、体調が悪ければ、「カンベンして」と意思表示できる余裕を与えてやりたかった。使役犬ではなく、パートナーとして一緒に生活できる犬になってほしかったからである。
☆根はいい子なのだから心配ないさ
シェラは本来弱虫のわんこだった。それもシェラの個性として尊重したかった。だれかに噛みついたりの攻撃をしないのなら、たとえば、雷や花火を怖がるのは容認してやりたい。獣医さんもあきれるほど飼い主への依頼心が強いのは、一般的には飼い犬にとって短所なのかもしれないが、ぼくたちには幸せを感じさせてくれる長所そのものだった。
むぎにいたっては、さんざんここで書いてきたとおり、まったくしつけはやっていない。しつけをやろうとしてもシェラの姿を探して振り向き、シェラのほうもむぎの隣にやってきて座り、ぼくの発するコマンドにむぎの代わりにしたがう。それを見て喜んだむぎがシェラに跳びついていく始末。二度ばかりトライしてぼくはすぐむぎのしつけをあきらめた。
それでもむぎはシェラから大半を学び取り、「つけ」以外はシェラと同等のしつけのきいたわんこになってくれた。
そんなシェラとむぎからの経験で、はじめてのオスのわんこということもあって、家人はルイに手こずってしつけ教室に入れようとしたのである。だが、ルイも遅々としてではあるが日々成長を遂げている。決して聞き分けのない問題児になるとは思えない。根はいい子なのだから、急がずにしつけながら成長を見守ってやりたいとぼくは思っている。
☆つまりは父ちゃんと遊びたいということだよな
家人とふたりでいるときのルイは、きわめておとなしいわんこだそうである。これだけでも大変な成長といえる。
昨夜もぼくがいつもより遅く、9時過ぎに帰宅するとルイが静かに迎えてくれた。「どうした? 元気ないじゃないか」と、妙にしおらしくしているルイに声をかけて撫でてやった。ぼくの帰りを待ちながらずっとひとりでおとなしく遊んでいたそうである。
ぼくが着替えを終えて食事をはじめるとたちまちルイがはじけた。空のペットボトルをくわえて足元を走りはじめたのである。ペットボトルをかじりながらだからその音がやかましくてテレビの音なんか何も聞こえない。
ペットボトルに飽きると、今度はおもちゃの人形をくわえ、お腹にある鳴き笛を鳴らしながらの全力疾走である。これもまた迷惑なほどにぎやかだ。
「やっぱりしつけ教室に入れようか」
家人と顔を見合わせて苦笑してそんな冗談をいっているぼくたちの足元をいつまでも走り回っていた。いつもなら、ぼくの食事が終わり、お遊びの時間だからであろうか。ぼくが食事を終えるころには息が上がって疲れ果て、すでにダウンしてしまっていた。
ただ、昨夜は破壊獣ルイによる深刻な被害があった。食後、ぼくが居眠りをしている間に盗んでいったスリッパをかじって穴を開けてしまったのである。しかも唾液でべちょべちょで、朝になっても履けなかった。
う~ん、やっぱりしつけ教室は必要かもしれない。