今回は、「染付 梅竹文 徳利」の紹介です。
正面
正面の裏側面
斜め上からみたところ
底面
生 産 地 : 肥前・有田
製作年代: 江戸時代後期
サ イ ズ : 口径;6.0cm 胴径;12.5cm 底径;7.3cm 高さ;23.5cm
これについては、既に、かつての拙ホームページの「古伊万里への誘い」の中でも紹介しているところです。そこで、その時の紹介文を次に再度掲載し、この徳利の紹介に代えさせていただきます。
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<古伊万里への誘い>
*古伊万里ギャラリー54 初期伊万里様式染付梅竹文徳利 (平成14年12月1日登載)
これまた悩ましい。絵付を見ていると古伊万里である。しかし、姿・形では初期伊万里だ。
見るときの気分で、古伊万里に見えたり、初期伊万里に見えたりで忙しい。
ここで、「伊万里の変遷」(小木一良著 創樹社美術出版 昭和63年発行)P.199 には「伊万里全般の絵文様の推移をみても、天明から寛政、文化頃にかけ、古染付、祥瑞、初期伊万里などを模倣したと思われる文様が多数みられるので、恐らく、この時期には、古作の佳品写しに人気があったものと思われる。」とあることに注意をいたすべきである。
勿論、「天明から寛政、文化頃」にかけては、古作の佳品の写しを作れば売れたので作ったにすぎないのであって、当時は、初期伊万里の贋物を作って儲けてやろうなどとの意図など全くなかったことはいうまでもないと思う。
ところで、現代においては、古伊万里と初期伊万里とではどちらが上であろうか。勿論、骨董の世界では古い方が上である。したがって、型物などの一部の例外を除いては、古伊万里よりは初期伊万里の方が上であって、値段も高い。
現代においては、これは、初期伊万里写しであって、初期伊万里「様式」に属するものであり、初期伊万里よりは下であって、値段も低いと言わざるを得まい。
何時の時代でも、その時代を代表するオリジナルは強いのである。
高さ:23.5cm
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決めては何なのでしょうか。
まさか、パイナップル模様?😅
ありがとうございます(^-^*)
私にも決め手はありません(><)
私が古伊万里の収集を始めた頃は、磁器は、李参平が天狗谷で焼始めたもので、それは、このような手のものだと習いました。
しかし、その後、磁器は、それよりも早くから作られていて、天狗谷窯はむしろ亜流のものだったということになり、私にとっては、それでは、本当の「初期伊万里」というものはどのようなものをいうのかが分からなくなりました(~_~;)
また、江戸中期にも、生掛けのこれに類するような物が作られていたということが言われるようになり、ますます分からなくなりました(~_~;)
かつての拙ホームページの「古伊万里への誘い」の中では、そのような理解の段階で紹介していますので、その時は、無難なところということで、この徳利は江戸中期として紹介しています。
その後、波佐見焼の「くらわんか手」が、江戸中期以降、大量に焼かれていて、それらが古伊万里の中に紛れ込んでいることを知るようになり、ますます分からなくなったわけです。
それで、今回は、またまた無難なところということで、更に年代を下げ、江戸後期(後期の始め頃の意)としたわけです(~_~;)
どんどん、どんどん、紹介の度に時代を下げていって、この徳利には申し訳ないと思っています(><)
私の不勉強のなせるわざです(><)