儒教とキリスト教ー2- 「文明」とは何か:「南洲翁遺訓」より
明治維新と共に「文明開化」の時代が始まるが、官軍に敗れた荘内藩士たちが、敗者に名誉を与えた西郷隆盛の遺徳を偲んで記録した文書「南州翁遺訓」には「まことの文明とは何か?」という根本的な問いが含まれている。
中村敬宇はすでに「西洋文明の倫理の善悪を熟慮考察し、その正邪得失を判断するためには、東洋の道徳に通じたものでなければならない」と論じていたが、佐藤一斎の『言志四録』を座右の書としていた西郷の文明論には、「文明開化」の名のもとに無批判的に西欧文明を模倣する明治新政府への批判と共に、西洋文明を支えてきたキリスト教倫理から学ぶべき積極的な「善」への評価がある。
西郷によれば、文明とは普遍的な「道」が民によって実践されることを意味するのであって、物質的繁栄を意味するのではない。西欧諸国の文明も、その基準によって判断すべきであって、慈愛をもととして解明に導かず未開の国を暴力によって植民地化した西欧諸国は「野蛮」である。たとえば、遺訓第1条で、南州は、物質的な文明、すなわち経済的な繁栄のごとき「外観の浮華」は「文明」の名に値しないというという儒教の伝統にしたがいつつ、次の如く平易な言葉で西洋的「文明」の偽善を指摘している。
「文明とは道の普く行はるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。世人の唱ふる所、何が文明やら、何が野蛮やら些とも分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り、「西洋は野蛮じや」と云ひしかば、「否な文明ぞ」と争ふ。「否な否な野蛮ぢや」と畳みかけしに、「何とて夫れ程に申すにや」と推せしゆゑ、「実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇懇説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢや」と申せしかば、其の人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。」
西欧列強が、非西欧諸国にたいして「未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利する」というのは歴史的事実であり、それこそ文明の対極にある「野蛮」に外ならないという西郷の指摘である。しかし、彼は、かかる西欧列強の植民地主義を非難するだけで終わっているのではない。西洋の「刑法」の人道的な性格について西郷は次のように述べる。
「西洋の刑法は専ら懲戒を主として苛酷を戒め、人を善良に導くに注意深し。故に囚獄中の罪人をも、如何にも緩るやかにして鑑誠となる可き書籍を与へ、事に因りては親族朋友の面会をも許すと聞けり。尤も聖人の刑を設けられしも、忠孝仁愛の心より鰥寡孤独を愍み、人の罪に陥いるを恤ひ給ひしは深けれども、実地手の届きたる今の西洋の如く有りしにや、書籍の上には見え渡らず、実に文明ぢやと感ずる也。」
西郷は、ここで、西洋の刑法は、我が国の儒教の教えを我が国以上に実践している物であり、真に文明の名に値する、と述べるのを忘れていない。
犯罪人に対する過酷な取り調べと刑の執行の残虐さは、儒教の精神に反する物であるにもかかわらず、四書五経の訓詁注釈にかまけてきた儒者たちは、過酷な刑法を人道的なものとする努力を怠ってきた。これこそ、まことの文明として西欧から学ぶべきであるという指摘である。
そして、西郷は、論語「子罕」編の「絶四(恣意・無理押・固執・我意の四つの執着を絶つ)」の言葉を引用し「敬天愛人」が天地自然の道に従って、我意を離れた講学の道なることを説いた後で、次のように述べている。
「道は天地自然の物にして、人は之れを行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。」
「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽て人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬ可し。」
「天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也」に要約される西郷の思想と実践について、内村鑑三は、『代表的日本人』のなかで、預言者の精神とキリストの教えに合致する「偉大な西郷の遺訓」がどこから由来するのか、知りたいと思うものがいるだろう、とコメントしている。
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