25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

籠池さん

2017年03月24日 | 文学 思想

 財務省に大切な時期の記録がない。大阪府私学課にもある時期記録がない。安倍昭恵夫人の携帯メールもある時期から携帯が水没したためにない、というのは決定的な疑問だと思う。

  森友学園の事件の真相は、籠池夫妻の個性と安倍夫妻のように思える。推測でしかない。しかし、そう考えれば、なにもかもつじつまが合う。国民の多くはひっそりとそう思っているのではないか。

 僕らはみているだけだから、感想として言うことしかできないが、あまりにも都合よく回っていたものが、一市会議員と朝日新聞の記事によって、安倍が手のひらを返すと、急に、籠池側の勢いが反転し、落下した。

 安倍も、昭恵夫人も、松井も、自民党も多くも共に仲間である。籠池も周辺での応援者だった。仲間がさっと手を引いたので、いつの間にか梯子がなかった。思想-信条は自由なのだから堂々としておればよかった。籠池に刑事訴追的なことがあきらかになりそうだと予感したら、思想-信条も主張より自分が関わっていると思われるのがヤバいと思ったのではないか。

 辛いのは官僚である。人生のひとコマ、こんな災難もある。

 僕らは必ず自分の人生を振り返るときがある。ここまできたら本当のことを言ってしまった方がよい。死に際が悪くなる。80%ぐらいの国民が思っていると思う。

 それにしても、全国に数ある一幼稚園の園長。ごまんといる園長の一人が国会で権力の衣を被った政治家に囲まれ、テレビカメラにも囲まれて、憤怒で渡り合うとは結構よい開き直りである。いじめられている子供をみるようだ。こういう場合、ぼくは籠池側を応援する。もちろん、園児対籠池なら園児側を応援する。

 籠池のような個性は好きではない。不思議なことだが、こころは籠池側に頑張れと応援する。彼は躓いたのだ。その躓きは取り返しのつかない破綻を意味している。こういうことってあるのだよ、籠池さん。誰にでもいつ何時、落ちるかもしれない穴。その穴から反撃しろ。もう遠慮もなにもないだろう。潰されたのだ。あなたが権力を慕ったばかりに。