エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

柳絮舞う

2014年04月25日 | ポエム
今日、25日から72候の第17候。
「霜止んで苗出る」である。

もうここまで来ると、急に冷え込み霜が降るような事は無い。
稲の苗は順調に育ちつつ、多雨での準備が進む。
春が、ますます深まり「藤の花」が綻ぶように咲く。
活気の溢れる候なのである。

今日に適した写真は撮れていない。
けれども「柳絮(りゅうじょ)」の舞う様を、目にしたのである。
散見すると言った感じ・・・絮が数えるほど空を舞うのは毎年目にするけれど、今日は数えきれないほど舞っていた。



とりわけ,水の上を舞う姿は乱舞と云って良かった。
白い点々が柳絮である。

ぼくは、その様に感動を覚えたのであった。
これほどの乱舞は、中国の5月連休、北京動物園で見ただけであったからだ。



池に落ちた柳絮の下を、恋が悠々と泳いでいた。

嗚呼、今頃大気汚染で悩みつつ北京っ子は柳絮を空しく眺めているのだろうか!
そんな感慨に襲われたのであった。



昨日の晴れ・・・。
緑を瞠(みつめ)ていると,自然に涙が零れてきた。
新緑の鮮やかさは、心底まで揺さぶる。



ぼくは、湿地帯の木道を歩きつつ緑に濾過された大気を吸い込み、緑色に癒されつつ散策した。
とまれ、昨日は柳絮に癒された。

柳の枝を離れる瞬撮はできなかったけれど、絮は見事に弾けていた。



柳の種類の多さが、柳絮を活気づけるのだろうか。



あわよくば、一斉に飛び立たんとする。
種の保存の原則をふまえている。
それはそれは見事である。







「柳絮舞う地の尽きる空のその先」







柳絮で詠む俳句、それは難しい。
感動でまずは、胸一杯だからだ。



少し表現の幅を持ちたいのだけれど、なかなか許してくれない。
だがしかし、今朝方1句をオマージュの海に浮かべる事が出来た。



        荒 野人

春色讃歌・・・

2014年04月24日 | ポエム
4月20日から24日まで・・・。
今日までが「葭始めて生ず」の第16候である。

従って、もう春が深まっているのだ。

葭の若葉がツンツンと際立って見える。
じっと見ていると、気持ちが新鮮になる。



この候の言葉は・・・。
「春眠暁を覚えず」である。
中国の詩人「孟浩然」の詩の一節である。
彼は唐代の詩人だ。



春の喜びが高らかに詠われている。
朝の訪れの早さ、その喜びが詠われているのである。

葭(あし)は、関西では葭(よし)と読む。
「悪し」と表記できるから、縁起が悪いとされたのである。

さて、この季節の珍しい花を二つ紹介しよう。



十二単(じゅうにひとえ)である。
花が重なるように咲き揃っていくからであろう。

十二単の花言葉は・・・。
「私はあなたを待ってます」「強い結びつき」である。



アケビの花である。
もう終わりに近い。

だがしかし、可憐である。
アケビの花言葉は・・・。
「才能」「唯一の恋」である。







「葭の芽のすっくと宙指す水の揺れ」







葭の勢いに、圧倒される季節ではある。



      荒 野人

春雨と蘆

2014年04月23日 | ポエム
昨夜は、朧月夜どころか結構な雨であった。
春雨は、どこか暖かく心癒すものだけれど昨夜の春雨は・・・冷たくて厄介だった。

24節季で言えば、いまは「穀雨」。
72候で言えば「蘆はじめて生ず」。



それが今の気候である。



穀雨は、穀物を潤す豊かな愛情に溢れた雨であるにも拘らず、昨夜は冷たかった。
もう、次は立夏となってしまう。

今朝、マンホールに溜まった昨夜の雨。
空の雲を、映して鮮やかであった。



文部省唱歌 朧月夜




季節がどんどん進む。
そのことに気付く時、驚愕以外言葉が無い。







「春雨の暖かくもなく手指堅く」







そんな気分にさせられた。
春の節季は、もうない。
夏隣なのだ。



だがしかし、雨は冷たかった。
今朝、我が家の花々は梅雨をたっぷり溜込んでいた。



      荒 野人

はなみずきが淡々

2014年04月22日 | ポエム
明治の末、尾崎東京市長がワシントンに贈ったサクラの返礼にと贈られた花卉である。



新緑を楽しみ、花を楽しみ、木陰を楽しみ・・・そして紅葉も楽しめる。
それが花水木である。










花言葉は・・・。
「私の思いを受けて下さい」「公平にする」「返礼」「華やかな恋」
である。

麗しい言葉が並んだ。
ハナミズキの由来が為せる言葉の割振りである。

この季節の清々しさったら・・・ない!







「女去り季節を覚ゆ花水木」







新緑は、いくら重ねても緑の濃さが増すばかりである。
万緑のように、重ねると漆黒の闇になることは断じてないのである。

其処が、新緑の良さだ。
山が装うのだ。



ハナミズキの小山を、一人の女が歩いて過ぎ去った。
なかなかの風情であって、後ろ姿の床しさに思わず見とれたのであった。



帰宅途中、桜の蕊で真っ赤になった林を過ぎた。
向こうの、小さな丘の緑と対照的であって深く深く季節を覚えたのであった。



       荒 野人



藤の花

2014年04月21日 | ポエム
いつもの散歩道。
地植えの藤の花が、咲き初めている。

もう散り始めている花もある。
藤の花の零れるさまは「はらはら」が合っている。



それにしても、この花序の見事さはどうだ!
藤の花の花序は、無限花序である。

枝の元から、花が咲くのである。



有限花序の場合は、枝の先から花が咲く。
誠に見事な花である。







「花序一つ一つの面藤垂るる」







今月の30日、伊勢原の石田牧場の藤の花を見つつ吟行する。
からまつの行事である。
石田牧場を経営する石田さんは、からまつの同人である。

してみると、行かざるを得ないか・・・!
時間を作って出かけることとするか・・・どうか思案中である。



      荒 野人