最近の海老蔵事件ではないですが、全てが似非であり、虚像に映る日本社会です。
警察側もこういった事件では、きちんと薬物検査もしているでしょうか? 常識的に相当に怪しいです。 相手側のコメントが入ってくるようになると、日本ではフェアーに扱われないケースが多いから、落ち着くまで時間を稼ぐという対応は至って冷静ですね。 大相撲にして然り、政治資金にして然り、芸能界薬物にして然り、どこを見てもフェアーさの微塵もない日本社会です。
特に、メディア界が人間的なレベルが低く視聴率が稼げれば、大いに騒ぐという傾向だけに番組の質が落ちるばかりです。
はっきり言って、海老蔵なんてぐうたら息子で、こんな事件に注目する方が可笑しいのです。 昔、勝新太郎の息子が撮影で人を殺してしまった時もそうでしたが、明らかに薬物で怪しい様子でしたが何も騒がれませんでした。 結局、過失というだけの事件で治まりましたが、今回もメディアは最終的には海老蔵側に有利に動く結果になるのでしょう。
何を大切と感じるかは人それぞれでしょうが、古いものは何でも大切にというのは、その方面に関わる者の利害関係で決まるのが日本です。
国技でないものも国技に扱うように持って行けば、立場は優位になります。 芸術も、文化も全てとは言いませんが、相当に偏って価値付けられています。
世界における鯨の扱いでも、立場によって価値付けは変わります。 人間、人類といった総合的な見地から、相対的な価値は決まるべきです。 そして、その価値観も時代に伴って、相対的に変わるものです。 一旦決めたものが未来永劫続くなんてことはあり得ないのです。 国際的な取り決めや約束事も同じです。 これこそがグローバルであるのです。
日本で、評論家紛いの連中が声高に自己主張の正当化を語っていますが、絶えず自分のスタンスで、自分にとって都合の良い主張を繰り返しているに過ぎません。 三宅久之や桜井よし子などは、その典型です。 時代遅れの持論をぶっているに過ぎないのですが、大衆には正論に見えてしまうから困ったものです。