コピペルナー

 コピーアンドーストをすルナーで「コピペルナー」。ソフトウェアの商品名である。ありがちな命名だが、まっ、語感は悪くない。

 さて、どんなソフトウェアかと云えば、これがなんと学生の書いた論文に、ネット上に掲載されている他人の文献・論文を無断であるいは出典を明記せず「コピペ」(コピー&ペースト)した部分がないかどうかを判定するためのソフトなのである。

 提出された論文のデータ(Word or PDF)に、ネット上に掲載されている文献等と同じ部分がないかどうかを検索し、完全に一致する部分は赤く、語尾の「ゆらぎ」があっても怪しい部分はその度合いによってオレンジあるいは黄色で表示される。更には引用元の文献等を表示することもできるようである。

 このソフトは以前、学生のレポートにネットからの無断引用があることに気付いた杉光一成氏(金沢工業大学大学院教授)が株式会社アンクと共同で開発したもの。折りしも卒業論文提出の時期を前に全国の大学から問い合わせが相次いでいると云う。

 レポート・論文が手書きの時代には、引用するにしても書き写す作業の中で多少なりとも内容を理解し自分の文章に変化していたものだが、デジタル化された文献等からの引用はそのまま「コピペ」するだけで、「コピペ」した本人もそこに何が書かれているのかさえ理解していないケースも少なくないんじゃないかな。

 コピペルナーを紹介する新聞などの記事では、学生が書いた論文の「コピペ」判定を前提に書かれたものが多いようだが、大学教員の論文盗用が新聞紙上・ネット上を賑わすことも少なくない昨今、学生の論文の「コピペ」判定の前に、教授陣執筆の論文の盗用判定を実施し、自ら襟を正すのが先ではないかとは云い過ぎだろうか。

注:本小文は「コピペルナー」のPRを意図したものではないことを明記しておく。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、「枯れススキ」。
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加速するNikon D900の噂

 2日に、 Nikon(ニコン)D700の後継機としてD700XあるいはD700SはたまたD800ではなく、D900が登場するのではかない、あるいは登場する「かもしれない」というNikon Rumorsに掲載された記事を紹介したが、あれから4日経った今日現在、噂は更に加速し、いますぐにでもD900が登場せんばかりの勢いである。

うわさ加速の原因その1:
BatteryUpgrade.comに掲載されているEN-EL3e互換製品の対応機種欄に「D900」がある。

うわさ加速の原因その2:
amazon.comに掲載されているカメラバッグの対応機種欄に「D900」がある。

 いずれも、D900とは別にD90記載されているのでミスタイプではないとNikon Rumors は主張しているようであるが、気になる方はNikon Rumorsをご確認いただきたい。まぁ、「噂が一人歩きして」とか「噂に尾ひれが付いて」をまさに地で行くような、「噂に尾ひれが付いて一人歩き」している状況だな。

 考えてみれば、最近のニコンのDSLRは2年弱でモデルチェンジもしくはバージョンアップしている。D300は登場から1年9ヶ月後にD300Sにバージョンアップした。D700が同じタイミングでモデルチェンジあるいはバージョンアップするとすれば、その時期は2010年4月となる。発売の2ヶ月前には発表されるのが常だから、2月、つまり来月にはD700の後継機に関する発表があることになる。

 その名がD700XなのかD700Sなのか、はたまたD800なのか、あるいはNikon Rumorsが主張?するD900なのか定かでないが、D700の後継機に関する何らかのアナウンスがここ1、2ヶ月の間に有るや否やに注目したい郷秋<Gauche>である。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、すみよしの森の雑木林で見上げる冬空。幾度も同じような写真をお見せして恐縮ですが、年末までは必死でしがみ付いていた枯葉の残党も、年明けにはすっかり無くなってしまいましたという証拠写真です。
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SAMSUNG NX10登場

 しばらく前からコアなカメラファンの間で話題になっていたSAMSUNG(サムソン)の NX10が正式に登場した。一言で云えばAPS-Cセンサーを使ったLUMIX G1である。ほぼ倍の面積を擁するAPS-Cセンサーを使いながらG1と同程度の大きさ(W 122×H 86.4×D 40.6mmと重さ(390g)に仕上げたSAMSUNGの力量は大したものであるが、「APS-Cセンサー, ミラーレス & レンズ交換」というコンセプトは既にニコン、キヤノンと云った大手も既に開発の最終段階となっているはずの注目のコンセプトである。SAMSUNGが先陣を切ったことにまずは敬意を表したいが、問題はオリジナルのNXマウントだ。

 ミラーレス&EVF内臓の擬似SLRだからAPS-Cセンサーを使った通常のSLRに比しフランジバックはほぼ半分になっているはずだが、それでもマウントの機械的あるいは電気的な規格は、例えばオープン規格であるKマウントのような既に十分に市民権を得ているマウントを使用することも出来たはずである。あいは富士フイルムのS2/S3/S5 Proがそうしたように、Nikon(ニコン)Fマウントを使用する道もあったように思うが、これは小型・軽量ボディのメリットを生かせないこと、フランジバックを短縮することをニコンが認めないことなどから断念したものと思われる。

 結果としてNXマウントと云う「APS-Cセンサー&ミラーレス」専用のマウントを策定しなければならなかったのだろう。今後F/L/M/K用の各マウントアダプタが、あるいは登場するかも知れないか、SAMSUNGのような新興メーカーが単独でマウント規格を策定するのは冒険と云わざるを得ない。もしNX10が日本に入ってくるようなことがあれば是非ともG1やGF1あるいはE-P1、E-P2と比較してみたいものだが、日本に入ってくる可能性は限りなく低いだろうな。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、恩田の森の竹林と冬枯れの雑木林。
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飛行機は一年中夏タイヤ?

 飛行機は空を飛ぶものだけれど、離着陸の為に地上を滑走する必要があるから当然タイヤが必要になる(ヘリコプターのように垂直に離着陸できる飛行機(回転翼機)には車輪はない。また雪上で離着陸する飛行機にはタイヤに代わってスキーが、水上で離着陸する飛行機にはタイヤに代わってフロートが装着されるが、例外的と考えていい)。

 大型の旅客機などにはクルマと同じようにタイヤだけではなくサスペンションやステアリング機構が備わり、それた全体をランディングギア(Landing gear)と云うが、今日問題にしたいのはランディングギアのうち最も重要なタイヤについてだ。

 昨日(2日)21時半頃、新千歳空港に着陸した羽田発のJAL545便(777-300型)が着陸後に滑走路から誘導路へのカーブを曲がりきれずに前輪を脱輪させ積雪に突っ込む事故があった。乗員乗客に怪我はなかったようだが事故機は現場から動けなくなり、乗客は着陸から1時間半以上経った午後11時過ぎにバスに乗り換えターミナルビルに向かったとのこと。さぞかし疲れたことだろう。

 事故当時、新千歳空港には積雪があり、滑走路や誘導路には凍結防止剤が撒かれていたようだが、一部は凍結していたことが想像できる。だとすると、タイヤが滑って脱輪したことになるのだろうか。冬の間、北国・雪国のクルマはスタッドレスタイヤを装着するのは常識だが、どうやら飛行機用タイヤにはスタッドレスはないらしい。

 日本国内の事故ではなかったような気がするが、以前に空港ターミナルに旅客機が突っ込んだ事故があった。これもまた駐機場が凍結していて止まりきれなかったことが原因らしい(マーシャルは無事だったのだろうか)。大型旅客機のタイヤは特に着陸時の負荷が大きい為にかなり頻繁に交換していると聞いたことがある。ならば冬の間はスタッドレスタイヤを装着してはどうかと郷秋<Gauche>は思うのだが、素人の浅知恵?


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、昨日に続いてあかねの森の民家の飼い猫。この頃森を歩いているとやけに猫が目に付く。どうしてだろうか。
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Nikon D900?

 Nikon(ニコン)のアッパー・ミドル、つまり中上級DSLR(デジタル方式一眼レフ)の型番はD+三桁の数字であるのはご存知の通りだが、同じ三桁にAPS-Cとフルサイズが混在しているため、初心者及び門外漢には判りにくいかも知れない。

 つまり、APS-Cの最上級機種としてD300Sがあり、フルサイズの普及タイプとしてD700がある。APS-Cの最上級機種はD100から始まり(当時はこれしかなかったとも云えるが)D200、D300、D300Sと進んできている。一方、普及タイプのフルサイズ機はD700が初登場であるが、APS-Cの最上級機がモデルチェンジを繰り返したときにD600まででそれ以上付番できないのは、ニコンの型番の常である。

 さて、今日のタイトルのD900である。D700の後継機はD700XあるいはD700SはたまたD800と云われているが、ここに来てD900が登場した根拠は実に怪しげ。元ネタはNikon Rumorsであるが、つまり、Nikon Rumors の主張は、Bower社が製造し、主としてB&HとAdoramaによって売られているバッテリーグリップ(本家ニコンは「マルチバッテリーパック」と呼んでいる)の中に、ニコンD300/D700と共にD900と互換性を持つ製品があると云うのである。

 確かにD300(D300S)とD700はMB-D10と云う型番のマルチバッテリーパックを共用することが出来る。同じように、遠からず登場するD900もMB-D10を使用することが出来ると云うことになるわけだが、果たしてD700の後継機がD700XやD700S出はなく、D800をも飛ばしてD900と命名されるかどうかは実に怪しいぞ。

 ただ、ニコンが偶数番号の800を避けて900を付番する可能性がまったくないわけではない。それは奇数の型番を持ったカメラは成功すると云うニコンのジンクスである。確かにFとF3は名機と云われ、商売としても大いに成功しニコンの名を世に知らしめることになったのは有名な話ではあるが、それではF2が失敗作であったのかと云えばまったくそんなことはないと思う。まっ、F4は確かに名機とは云いにくいが(F4の名誉の為に付け加えれば、MFからAFへの過渡期に登場したF4が意欲的なカメラであったことは間違いのない事実である)。

 フィルム時代の中級機では(Newを含めた)FM2は名機と云っていいし、デジタル時代になってからもD40は当時(既に「当時」だ)としてはロングセラーであり、2008年のDSLR市場で宿敵キヤノンを下した立役者である。郷秋<Gauche>はD40をDSLR普及期における名機であると断言する。偶数番号を付与されたカメラのすべてがダメであったわけでは、勿論ない。

 ニコンに偶数番号を避けたい気持ちがないわけではないと思うけれど、だからと云って800を飛ばして900を付番するとは思えない。確かに遠からずD700の後継機種は登場するだろうけれど、D900とはBower社の早とちりとNikon Rumorsの穿ち過ぎの産物だろうと、郷秋<Gauche>は思うんだけどなぁ・・・。

注:ニコンDSLRの系譜はこちらを参照ください。リンク先を最新の2010年2月11日の記事に変更しました。以前の記事はこちらです。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、今年の干支に因んで、何故かオリジナルMiniの傍らで日向ぼこる「寅猫」。

☆☆☆

 本日、恩田の森で撮影いたした写真をこちらに掲載しておりますので、ぜひご覧ください。
恩田Now 
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フラッグ・キャリアの座はANAに?

 フラッグ・キャリア(Flag Carrier)とは、一国を代表する航空会社のことである(National Flag Carrierと呼ぶ場合もある)。国を代表するエアラインだから、時に利益を無視してでも地球の裏側、たとえ遠距離であったとしても重要だと思われ都市には航路を開設する。そのためにボーイングやエアバスは地球裏側まで飛べる大型機を造る。

 例えば日本からなら南米にも北米東海岸にもヨーロッパにも飛ばす。アメリカからならヨーロッパにも日本にも飛ばす。ヨーロッパからなら日本にもオーストラリアにも飛ばす。利益が上がらなくても意地でも飛ばすから当然赤字となり企業全体の利益の脚を引っ張ることになる。それでも飛ばすという悪循環に陥る。

 だからフラッグ・キャリアはどこも大きな赤字を抱えることになる。その結果、アメリカのフラッグ・キャリア、いや、世界を代表するエアラインであったパンアメリカン航空(Pan American Airways、通称パンナムPan Am)は1991年12月に破産、運行停止し、それ以来アメリカ合衆国にはフラッグ・キャリアは存在しないとされている。

 スイスのラッグ・キャリア、スイス航空(Swissair)もまた経営破綻し、今はドイツのフラッグ・キャリア、ルフトハンザドイツ航空(Deutsche Lufthansa AG / Lufthansa)の傘下に入っている。イタリアのフラッグ・キャリア、アリタリア(Alitalia)もまた経営悪化により分割さらアリタリア-イタリア航空(Alitalia Linee Aeree Italiane)として経営再建中である。

 で、問題は我が日本のラッグ・キャリアたる(完全民営化以降は日本にフラッグ・キャリアではないと云う見方もあるが、JALが事実上のラッグ・キャリアであることに変わりはない)経営再建中の日本航空(JAL)の行方だが、ここに来て重荷になっている国際線を切り離して再建しようと云う案が浮上してきているようである。これに呼応する形で全日空(ANA)がその引き受けの検討を開始していると云う。

 国際線定期便への進出を制限していた「45-47体制」が崩壊し、ANAが国際線定期便に進出したのは1986年であった。最初の路線はグアム線だったと記憶しているがその年の内にアメリカLA線とワシントンDC線を開設している。ANA念願の国際線定期便進出に際して、郷秋<Gauche>は当時仕事上の関係のあったANAのCA採用担当者宛に祝電を打ったことを覚えている。

 前置きが長くなったが、郷秋<Gauche>が何を言いたいのかと云えば、盛者必衰というのか、驕れるもの久しからずと云うのか、放漫経営の成れの果てはこう云うことになるんだなぁと云うことかな。と同時に、品行方正な市民として郷秋<Gauche>が納めた税金を、こんな企業の為に使って欲しくはないなと云うことである。


 例によって記事本文とは何の関係もない今年最初の一枚は、春を待つ辛夷(こぶし)。
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