(キエフ Київ)
いま、毎朝起きると、キエフは大丈夫か、ゼレンスキー大統領が生きているか、不安をもって、BBCやCNを見る。戦いが続いていて、ウクライナの地で人びとが大量に死に、自分の住処から逃げるしかない人びとに、やるせない思いを強める。
4,5日前から加藤陽子の『この国のかたちを見つめ直す』(毎日新聞出版)を少しづつ読んでいる。装丁が悪く、開くと、ぎっしりと詰まった文字に圧倒される。編集も悪く読みづらい。しかし、そのうちに慣れてきた。
その136ページに、第1次世界大戦後のパリ講和会議で、イギリス大蔵省代表のケインズが、ドイツに報復的賠償を科すことに怒って、パリを去ったとある。そのとき、ケインズがウィルソン米大統領に「あなたたちアメリカ人は折れた葦です」と言ったという。
本当にどう言ったか探しているのだが、“a broken reed”は英語圏では有名なイデオムでどの辞書にも載っている。いざとなったときに役をたたない人や物をさす。
この語を聞いて、まさに、現在のアメリカ政府をさす、と思った。
加藤は、これが旧約聖書の『イザヤ書』36節6節に出てくる言葉だ、と、牧師の人に教えられたと書く。
「今、お前はあの折れかけた葦の杖、エジプトを頼りにしている。だが、それは寄りかかる者の手を刺し貫くだけだ。」(聖書協会共同訳)
「あの折れかけた葦の杖」はヘブライ語「על־משענת הקנה הרצוץ הזה」の訳である。韻を踏んでいる。
もともと、誰が誰にそう言ったか、わかると言葉に重みがでてくる。『イザヤ書』36章の「折れかけた葦」は、現在の英語圏の「折れた葦」と異なったニュアンスで使われている。
アッシリア国王から遣わされた将軍ラブ・シャケが、ユダ国王の使いに言った言葉である。希望はない、降伏しろと言っているのだ。言葉だけで助けに来ないエジプトなんかを頼みにするな、と言っているのだ。
《ユダ国王の使いは「どうか僕たちにはアラム語で話してください。私たちは聞いて理解できますから。城壁の上にいる民が聞いているところでは、私たちにユダの言葉で話さないでください」と将軍に頼む。》
今も昔も情報戦なのである。
《将軍は答えた。「アッシリア国王が私を派遣されたのは、お前の主君やお前にだけ、これらのことを伝えるためだというのか。むしろ、城壁の上に座っている者たちのためではないか。彼らもお前たちと一緒に、自分の糞尿を飲み食いするようになるのだ。」
そして将軍は立ち上がり、ユダの言葉で大声で叫んだ。「大王、アッシリアの王の言葉を聞け。ユダ国王にだまされるな。彼はお前たちを救い出すことはできない。
私と和睦し、降伏せよ。そうすれば、お前たちは皆、自分の畑のぶどうやいちじくを食べ、自分の水溜めの水を飲むことができるようになる。
私が来て、お前たちを、お前たちの土地と同じような土地、穀物と新しいぶどう酒の土地、パンとぶどう畑の土地にまで連れて行く。」 》
そうなんだ。「折れかけた葦」などに期待せず、降伏し、捕囚になれと言っているのだ。
ウクライナの20世紀の歴史をみると、住民の強制移住(捕囚)がロシアによって行われている。今回もクリミアとロシアを結ぶ町の住人がロシアに連れ去られたと報道されている。
「折れかけた葦」とは、軍事侵攻する側が降伏を迫るために、希望をくじくための言葉である。アメリカ政府が、ロシア政府の言う通りの「折れかけた葦」であっては、ならない。この厳しい戦いの中、ゼレンスキー大統領はよく国民を束ねている。アメリカと世界は彼の頼みを聞け。
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