島薗進の『神聖天皇のゆくえ 近代日本社会の基軸』(筑摩書房)で、戦前の日本について次のように言う。
「政治史的には神聖天皇と立憲主義の拮抗関係の中で、結果として立憲主義が駆逐されて神聖天皇への崇敬が柱となる体制になっていきます。」
そして、1941年12月8日未明、日本はハワイ島真珠湾のアメリカの太平洋艦隊に奇襲攻撃をかけ、太平洋戦争が始まる。
敗戦後、当時の東条内閣や軍部のだれもが、自分が太平洋戦争を決断したとは言わない。大日本帝国憲法(明治憲法)では、軍隊は天皇に直属し、天皇が開戦を宣言することになっている。
ところが、昭和天皇は、近衛文麿がわるい、東条英機は無能だった、下剋上で統制ができない、日本領土が自分の治世に半分になったことをどう弁解しようか、などトンデモナイこと言っているだけだ。
昭和天皇のために死んだ兵士に何と詫びるつもりか。しかも、死んだ兵士の大半が病死や餓死であった事実は、神聖天皇のもとの軍事作戦の無謀さと無責任さを物語っている。
島薗の『神聖天皇』の最後の章は「象徴天皇と神聖天皇の相克」である。1945年の敗戦によって、神聖天皇は本当に駆逐されたか、象徴天皇はうまく機能するのか、を扱っている。
私は、戦前の立憲君主制と同じく、象徴天皇制もうまくいかないと思っている。
イギリスで立憲君主制が機能しているのは、国民が1649年にチャールズ1世の首を公開の場で切り落としているからである。王が国民との約束を守れないなら処刑するという前例ができているからである。
日本にはそのような前例がない。
1960年12月号の中央公論に、夢の中で天皇と皇后、皇太子と皇太子妃が斬首される小説を深沢七郎が発表した。右翼がこれを不敬とし、しつこく中央公論社を恫喝し、中央公論社は右翼に、謝罪するとともに、お金を支払った。このとき、愛国党に属する17歳の若者が、中央公論社長宅に押し入り、社長夫人と家政婦を刺し、家政婦が死んだ。
天皇の首を切り落とすのが、小説の、しかも、そのなかの夢であっても許されないのが、日本である。こんなことでは、天皇は、国民との約束を守るはずがない。
しかも、憲法のいう「象徴」とは何か、あいまいなのである。
島薗が戦後の問題として指摘しているのはつぎの3点である。
(1)戦前に神聖天皇を形成した皇室祭祀が、GHQの「神道指令」でも、憲法でも、皇室典範でも、放置されている。
明治政府内の祭政教一致派は、皇居に賢所、皇霊殿、神殿の宮中三殿をつくったが、戦後も存続している。賢所には、天照大神の分身である鏡が祭られ、皇霊殿には歴代の天皇・皇后・皇親の2200余りの霊が祭られ、神殿には天神地祇といわれる日本の神々が祭られている。
戦後も、毎日ここで神事が行われている。そのほか、小祭、大祭といわれる宮中神事が天皇のもとで年20回以上行われている。戦後、皇室典範の書き換えはあったが、神事は戦前のまま行われている。
(2)教育勅語は形を変え、道徳教育として権威的モノの考え方を学校に持ち込んでいる。また、天皇や天皇制に関連する祝日が戦後復活している。2月11日の「建国記念日」は戦前の「紀元節」(初代の神武天皇の即位日)、4月29日の「昭和の日」は昭和天皇の誕生日、11月3日の「文化の日」は明治天皇の誕生日である。そして、元号を制定し、天皇のおくり名として使用される。
(3)安倍晋三の政治基盤が神聖天皇の復活をはかる勢力と重なる。神社本庁(民間団体)と神道政治連盟と日本会議である。神聖天皇のために死んだ軍人の霊をまつり、戦犯を裁く東京裁判を不当とする靖国神社を参拝する閣僚や国会議員がいまだにいる。公職にある者が靖国神社に参拝することは、憲法違反とする判決が地裁、高裁で出ているのにも関わらず、公式参拝が行われる。
人間は、劣等感にさいなまれたり、生きる意欲がわいてこなかったりすることがある。神聖天皇がいかに非合理的で馬鹿げてみえても、人間には神聖天皇の理念に飲み込まれる弱さがある。
憲法学者の石川健治は、憲法が神聖天皇を封じ込んでいるというが、第2条の「象徴天皇」の世襲制が欠陥であり、第7条の天皇の国事行為に「儀式」をいれているのも欠陥であり、第14条の「法の下の平等」のなかに「皇室」をいれてないのも欠陥である。
危険で無理な象徴天皇制を廃止し、天皇家をたんなる過去の名家にすべきである、と私は思う。
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