新幹線に乗る前にちょっと
時間があり
一ノ関駅前の観光案内所へ
一の関は芭蕉の宿泊地と曽良日記に
書いていたがそこは荒地で
何にもないとの事
でも行ってしまった
そこまで行く経路に
旧沼田家武家屋敷があった
私は上州沼田市の出身
沼田と聞けば何か関係があるかと
武家屋敷にも興味あり
立ち寄る事にした
平家のシンプルな茅葺の屋根と
それを支える独立柱が軒を深くして
陰影を創り
土壁と出入口や障子と
よくつり合った外観
そしてそれに絡むような小さな庭園に
知性が感じられ落ち着く
江戸後期創建当初の近い姿に
復元したとの事
静謐な空間でデザインが良いとは
こう言うことだなと・・・
土間、かまど、台所は広く
農民住宅を素地として
天井小屋裏の骨組みが武家の体裁を
整えた住宅だと
変に納得して
古民家の郷愁が心地良かったが
冬は寒かろうと・・・
沼田家は
元は伊達藩から来た
石高90石取り前後の侍で後に
一ノ関藩の家老職となり
家老職就任以前の住宅だそうだ
上州沼田とは関係が無さそうだと
ボランティアの人が言っていた
沼田姓は全国何処にもあるんだ
北海道にも沼田町があるし・・・
そこから芭蕉宿泊地まで歩いて5分
記念碑も無く荒地で
今や大きな堤防と
国道が川を横切って
多くの自動車が行き来していた
芭蕉と曽良は
石巻から草木の生える
野の小道 奥の細道
を何度も間違えながら
一ノ関の堤のそばの小さな家に
黄昏時に着き
翌朝平泉に向かって
翌朝平泉に向かって
旅立ったと曾良の日記にあるが・・・
当時は寒村で
一通過点に過ぎなかったようだ
一通過点に過ぎなかったようだ
通った荒涼とした街でしたが、大船渡線と東北本線
が交わる場所として新幹線駅が出来て・・漸く
開けた 新しい町です ならばしっかり都市計画を
を思いましたが・・一関で乗り換えて平泉ですね