青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

朝と夜のはざまで My Sentimental Journey (第110回)

2011-10-13 20:43:58 | その他の植物

★朝と夜のはざまで My Sentimental Journey (第108回)に載せていた記事ですが、小沢一郎氏に関する記事と、分けてほしいと青山さんから指示がありましたので、こちらに移動しました。(あやこ)

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東洋のレタス“麦菜”の謎 Ⅱ⑨



以下の文章は『朝と夜のはざまで(106)東洋のレタス“麦菜”の謎Ⅱ⑦』の末尾に付け加えるつもりだったのですが、うっかり送信を忘れていました。独立の項目⑨としてアップします。

【帰国後の追記】

『世界有用植物辞典/堀田満代表編集(平凡社)』の「Lactuca」の項に、日本に於けるアキノノゲシ(var.dracoglassa=龍舌菜)の利用は、食用・家畜の餌として併記されています。また、インドネシアのジャワ島では、「Kuban kayu」の名で食用野菜とされている由、アキノノゲシを食用とする具体的な記述に出会ったのは、これが初めてです。

これとは別に、『食べられる野生植物大辞典/橋本郁三著(柏書店)』という本の中に、沖縄(石垣島)で、アキノノゲシを食した感想が記されていました。「本土産は苦味が強いが、沖縄産は苦味がない、沖縄ではゴーヤなど苦味の強い食料が普遍化しているため、苦味に慣れ親しんで余り感じないのかも知れない」、というような要旨です(“苦味食文化圏”と“苦菜”類の普及の相関性については、僕自身も前に触れましたが、興味深いテーマだと思います)。

野菜の種研究家の野口勲氏に頂いた販売種子のうち、「白かきちしゃ」の袋には、「日本古来の掻きちしゃ、原産地ははっきりしないが、奈良時代から日本にあり、江戸時代までは日本でチシャ(レタス)といえば、このカキチシャのことを指した」旨が記されています。もしかすると、この古い時代に日本に伝来した「カキチシャ」が、現在の中国の「油麦菜」に相当するのかも知れません。中国で購入した「油麦菜」は2品種とも黒い種子色、頂いた「白かきちしゃ」はレタス類一般と共通の白っぽい種子色ですが、レタスの種子には白黒両方があるようなので、色彩の相違は、さほど意味を持たないのではないかと思います。むしろ、同時に頂いた沖縄古来のチシャとされる「島ちしゃ菜」のほうが、種子に幾らか丸味があり濃色を帯びていて、他のレタスとは幾分雰囲気が異なるように感じられます。

『世界有用植物辞典』の同じ項目のレタスの解説では、野菜としてのレタスは、L.serriolaに、L.salignasが交配されて作出された、となっています。L.serriolaはアレチヂシャ(トゲヂシャ)で、前掲の付録リストでは、レタスのひとつ後の⑨に、また、L.salignasは、地中海周辺地域などに分布し、レタスのひとつ前の⑦に記述されています。

思うに、レタスの“種(species)”を考えるに当たっては、稲をはじめとする野菜・果物・園芸さらには家畜など、人間の手によって改良作成された様々な“有用生物”共々、野生生物の“種”とは一線を画した、全く別の次元での“種”を定義づける必要がありそうです。

在来野生生物の場合は、“種”は単一の(野生生物の“特定の種”の範囲内に含まれる単系統上の)の分類群なわけですが、人為的に作出された“有用生物”の場合は、複数の(野生生物の)“種”に跨っての遺伝子交流が成されているわけで、特定の種(レタスならL.serriola)を中心に、なんらかの形で別の種が関与した、遺伝的に非常に雑多な集団であるのです。

改めて、苦麦菜と油麦菜の種子の構造を、比較検証してみましょう。アキノノゲシ&苦麦菜の種子は、極めて平たく卵形に近い楕円形で、両側に幅広い翼を持ち、中央に太く明瞭な1肋が走ります。冠毛柄は明瞭に存在しますが、レタスのように長く伸長することはありません。

ちなみに、6で示した九万大山(汪洞鎮)のヤマニガナ類似種(おそらく日本産のヤマニガナと同一種またはごく近縁の種)の種子は、鮮オレンジ色、アキノノゲシ&苦麦菜に比べて小型で、やや幅が狭く、(色はともかく)全体としてはアキノノゲシとレタスの中間程度の印象です。肋はやや不明瞭に3~5本、アキノノゲシ&苦麦菜ほど幅広くはありませんが左右に明瞭な翼を持ち、冠毛柄がごく短いことなど、どちらかと言えばレタスよりもアキノノゲシに近いように思えます。

一方、アレチヂシャ&レタス&油麦菜の種子は、細長くて両側に翼を持たず、多数の明瞭な肋(10本前後)を有し、極めて長い冠毛柄を持つことなど、アキノノゲシ&苦麦菜との間には、かなりの有意差が認められます。種子の形状の差をもとに、アキノノゲシやヤマニガナを狭義のLactuca属から分け、Pterocypsela属に分割したのも、なるほどと頷けるのです。

ちなみに、レタス&アレチヂシャ、アキノノノゲシの染色体数は、共に2N=18(レタスには2N=36の個体もある由)。アキノノゲシ(ヤマニガナ)属と、狭義のレタス(チシャ)属の間の交雑の可否について知りたいものです。

油麦菜は、花や種子の形態から見て、レタスそのものと言って良いかも知れません。次のような可能性を考えておきます。

●① (極めて可能性は低いでしょうが)東アジアにも在来分布していたのかも知れないアレチヂシャ、またはごく近縁の種(レタスやアレチヂシャにごく近縁の狭義のLactuca属は、雲南省を含む中国に4種が分布)から、非常に古い時期に(ヨーロッパのレタスとは別個に)全く独自に東アジアで作成された野菜。あるいは、ヨーロッパ産のアレチヂシャをもとに、東アジア(中国)で改良。

●② ヨーロッパにおいて野菜としてのレタスが成立する初期段階で、東アジア(中国)に渡来。古い形質を保ったまま、ローカルな野菜として、現在に至る。

●③ レタスと東アジア(中国)産の何らかの在来種(アキノノゲシなど狭義の別グループの種を含む)種との交配。

いずれにしても、マイナーな野菜として古い時代から存在していたにもかかわらず、最近になって急速に普遍化(人気復活)し出したのは、確かなようです。

●④ 別に①~③のような謂れがある(=中国独自の野菜)わけではなく、単に調理法などが異なることから漠然と違う存在と思われているだけで、実は一般のレタスの品種(コスレタスやスティムレタスなど)と相同である。

●⑤ ①~④の可能性も含め、既存のレタスの品種の一部、中国で独自に作出された品種、さらにはL.serriola以外の遺伝子が混ざり合ったものまで、様々なパターンでの由来をもつ、(典型的“レタス”以外の)中国での栽培Lactucaを、一括して“油麦菜”と呼んでいる(欧米で作成されたL.serrateが関与する栽培品種を、全て“レタス”と呼ぶように)。そう考えれば、(系統が全く異なる)苦麦菜を油麦菜の一品種とすることも、あながち否定は出来ないかも知れません。

「苦麦菜」はアキノノゲシ由来。これはほぼ間違いのないところ。しかし、広く東アジア各地に在来(?)野生分布するのにも関わらず、特定の地域でのみ野菜としての育種改良が成されるに至った過程と、その理由は不明です。

「油麦菜」は原則としてレタスと考えてよいでしょう。その由来、系統上どのような位置付けにあり、いつ頃から中国で普及しだしたのか、近年の人気のきっかけは、等々、数多くの未解明な点が残されてはいますが。

日本でチェックし得た、野菜に関する書籍には、(7年前チェックした際と同様に)「レタス」の品種については数多くの記述があっても、(数百ページに亘る詳細な解説が成されている場合でも)「油麦菜」に関する記述は全くありません。それどころか、「中国野菜」についての専門書でさえ、(「苦麦菜」はむろん)「油麦菜」のことは一切触れられていないのです。

何だか、狐に抓まれたような思いでいます。

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写真は、中国と日本で入手したレタス類の種子の袋。

(日本の2つを除く)種子の写真は、第 回と第 回に紹介、改めて種子の比較写真を載せたいところですが、帰国後カメラを質に入れてしまったので、撮影が叶いません。もうしばらくお待ちください。





左から、苦麦菜(甜麦菜)/広東陽春[図はアブラナ科の蔬菜?]、油麦菜/広西梧州、油麦菜(甜油麦菜)/広東佛山。


左から、レタス(イタリア生菜)/広西梧州、レタス(かきちしゃ)/日本、レタス(島ちしゃ)/日本沖縄。












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