文化の文明化のプロセス 第7話 文字文化と文明
1.文化から文明へのプロセス
世界4大文明の発生はあまりにも有名だが、それの基になったそれぞれの地域での文化については、それほどに有名ではない。文明と呼ばれるような状態になったのは、概ね紀元前3000年ごろだと思うのだが、それぞれの地域の文明以前の文化と呼ばれているものには次のものが挙げられる。
① 黄河文明 良藩・龍山文化、二里頭文化など
② インダス文明 ハラッパー文化
③ メソポタミヤ文明 ウバイド文化
④ エジプト文明 ナカーダ文化
そして、それぞれの地域で共通しているのは、独自の文字が発明され、それが文字文化となったところで文明化が急速に進むことになったことのように思われる。最も古いとされているメソポタミヤでは、紀元前3200年頃にウルク古拙文字が発明されたとされている。また、紀元前1700年代にバビロニアを統治したハムラビ王が発布したハムラビ法典は有名であり、楔形文字で記されている。このレプリカは岡山の博物館で見たことがある。
黄河地域での甲骨文字、エジプトのヒエログリフも有名になっている。文字文化の発展は、様々な教訓や物語・歴史などを次の世代に容易に伝えられることが可能になる。そのことにより、文化の文明化が急速に進むものと考える。
ハンムラビ法典が記録された石棒(->裏側)、ルーブル美術館所蔵 (Wikipediaより)
2.文化の文明化への条件
このテーマについては、文化人類学や比較文明論などの分野で多くのことが語られているが、エンジニアリングの立場からの著作は見当たらない。すなわち、文明を作ることと、おおきなものを作ることは、同じことが云えるのである。云いかえれば、大きなものをつくり続けることが、文明の成立につながるとも言える。
例えば、航空機の例をとれば、古代の神話時代から、大空を飛ぶという考えは、ほとんどすべての未開文化に存在した。それがライト兄弟の成功で現実味を帯びると、一斉に世界中の発明家が試作を繰り返し、その技術の伝播により現在の飛行機にまで発展を遂げた。
つまり、エンジニアリング的に考えると、文明化の条件は次の4つに要約される。
① 多くの人々が、長期間ある望みを持ち続ける。
② 技術の伝承システムが確立し、次々に改良が続けられる。
③ 改良が、より合理的で普遍的な方向へ向かう。
④ 大きな障害が起こっても、それを乗り越える力が存在し続ける。
発明や発見は世界史の中で無数に存在するし、今後も無数に発生する。その中には長期間にわたって改善が進んで成長するものと、途中で途切れるものに分かれる。例えば、印刷技術は古代中国で最初に発明されたと言われている。しかし、現代文明につながったのは、グーテンベルクの印刷機であった。古代中国では、上記の4条件の①と②が満たされなかったのであろう。蛇足だが、現代日本でイノベーションが起こらない原因も、この4条件のいずれかが満たされていないために、すぐれた研究成果が実を結ばないのだと考えられる。つまり、現代日本では、①と②は充分すぎるほどに満たされているのだが、③と④に問題が存在する。③については、日本文化独特の拘りから抜け出せずに、ガラパコス化に向かってしまう場合が顕著であることが、色々なケースで実証されてしまった。また、④については、経営者のリスク回避傾向が欧米に比べて強く、せっかくの発明やアイデアが、道半ばで選択と集中の犠牲になってしまうケースが多い。
3.漢字を用いる日本語の価値
最近、日本の漢字と仮名の混淆文字文化と英語などアルファベットなどを文字とする文字文化についての著者が散見されるようになった。大方は、日本式は難しくて普遍性がないと批判的なものだが、中には漢字文化が最近のノーベル賞多発の大もとにある、と断言した著書もある。私は、この説を大いに支持したい。
漢字の起源は象形文字のものが多く、例えば、太陽を表す「日」や、樹木を表す「木」、それを組み合わせて、木の後ろから日が昇る「東」などは有名であろう。そして、中国とは異なり、日本の漢字は古代中国の漢の時代の文字の形状をそのまま保とうとしている。
西欧文明が明治維新に導入された際に、多くの学問分野が漢字で表わされるようになった。例えば、物理と化学だが、物の理を理解する学問、物の化ける様を研究する学問など、文字からその内容を理解することは、小学生でも容易にできる。内容どころか、その本質を旨く言い当てたものもある。例えば、「物性」という単語は有名で、英語には相当する単語は無く、そのために様々な物性に関する研究が、「物性研究」の名のもとに集合されて、著しい成果を上げているとの説がある。
一方で、PhysicsとかChemistryという文字列は、それだけで内容を理解できない。英語の学問分野の多くは、古代ギリシャ語やラテン語からそのままの形で表されるようになったのだが、その為に文字列から本質を理解することはできない。更に、日本語が特殊であるが故に、多くの文献が日本語訳されている。この事実は世界的に珍しい傾向だそうで、多くの著書では、この為に日本語で作成された論文がリファーされずに、大学の世界地位が低めに出てしまうことを嘆くことが記述されている。
しかし、岩波書店がアリストテレス全集を発刊した際には、諸外国から賛辞が贈られたとの事実がある。西欧のルネッサンスがスペインでのレコンキスタがイスラム文明を導入するきっかけとなり、その際にアリストテレス全集のイスラム語版の存在を知り、あわてて西欧の言語訳を作り、それを当時の印刷技術で広めたことが、中世の非合理な世界から抜け出す原動力となったとの説もある。ちなみに、それまでイスラム文化圏であった地域の多くは、アレキサンダー大王に支配された地域が多く、アリストテレスは若きアレキサンダーの師であった。古代ギリシャの自然科学の知見を素直に受け継いだイスラムが、中世のヨーロッパを席巻していたと時代と言えそうである。
近年のノーベル物理学賞は、この日本語の文字文化と、膨大な日本語訳の文献が大きな原動力の一つとなっているという考え方も、あながち無視できないように思う。英語の文献を読みあさるのも、知識の拡大につながるのだが、翻訳技術に長けた専門家が訳した日本語を熟読すると、原文では表れていない、その奥にあるものが見えてくるように感じることがある。
以上の3枚は、岩波書店のアリストテレス全集の発刊と同時に発行された「月報」による。
このような思考過程を経ると、古代においても現代においても、独特の文字文化が文明化のプロセスの重要な要素であることが明白になるのではないだろうか。
2015.11.7 その場考学半老人 妄言
1.文化から文明へのプロセス
世界4大文明の発生はあまりにも有名だが、それの基になったそれぞれの地域での文化については、それほどに有名ではない。文明と呼ばれるような状態になったのは、概ね紀元前3000年ごろだと思うのだが、それぞれの地域の文明以前の文化と呼ばれているものには次のものが挙げられる。
① 黄河文明 良藩・龍山文化、二里頭文化など
② インダス文明 ハラッパー文化
③ メソポタミヤ文明 ウバイド文化
④ エジプト文明 ナカーダ文化
そして、それぞれの地域で共通しているのは、独自の文字が発明され、それが文字文化となったところで文明化が急速に進むことになったことのように思われる。最も古いとされているメソポタミヤでは、紀元前3200年頃にウルク古拙文字が発明されたとされている。また、紀元前1700年代にバビロニアを統治したハムラビ王が発布したハムラビ法典は有名であり、楔形文字で記されている。このレプリカは岡山の博物館で見たことがある。
黄河地域での甲骨文字、エジプトのヒエログリフも有名になっている。文字文化の発展は、様々な教訓や物語・歴史などを次の世代に容易に伝えられることが可能になる。そのことにより、文化の文明化が急速に進むものと考える。
ハンムラビ法典が記録された石棒(->裏側)、ルーブル美術館所蔵 (Wikipediaより)
2.文化の文明化への条件
このテーマについては、文化人類学や比較文明論などの分野で多くのことが語られているが、エンジニアリングの立場からの著作は見当たらない。すなわち、文明を作ることと、おおきなものを作ることは、同じことが云えるのである。云いかえれば、大きなものをつくり続けることが、文明の成立につながるとも言える。
例えば、航空機の例をとれば、古代の神話時代から、大空を飛ぶという考えは、ほとんどすべての未開文化に存在した。それがライト兄弟の成功で現実味を帯びると、一斉に世界中の発明家が試作を繰り返し、その技術の伝播により現在の飛行機にまで発展を遂げた。
つまり、エンジニアリング的に考えると、文明化の条件は次の4つに要約される。
① 多くの人々が、長期間ある望みを持ち続ける。
② 技術の伝承システムが確立し、次々に改良が続けられる。
③ 改良が、より合理的で普遍的な方向へ向かう。
④ 大きな障害が起こっても、それを乗り越える力が存在し続ける。
発明や発見は世界史の中で無数に存在するし、今後も無数に発生する。その中には長期間にわたって改善が進んで成長するものと、途中で途切れるものに分かれる。例えば、印刷技術は古代中国で最初に発明されたと言われている。しかし、現代文明につながったのは、グーテンベルクの印刷機であった。古代中国では、上記の4条件の①と②が満たされなかったのであろう。蛇足だが、現代日本でイノベーションが起こらない原因も、この4条件のいずれかが満たされていないために、すぐれた研究成果が実を結ばないのだと考えられる。つまり、現代日本では、①と②は充分すぎるほどに満たされているのだが、③と④に問題が存在する。③については、日本文化独特の拘りから抜け出せずに、ガラパコス化に向かってしまう場合が顕著であることが、色々なケースで実証されてしまった。また、④については、経営者のリスク回避傾向が欧米に比べて強く、せっかくの発明やアイデアが、道半ばで選択と集中の犠牲になってしまうケースが多い。
3.漢字を用いる日本語の価値
最近、日本の漢字と仮名の混淆文字文化と英語などアルファベットなどを文字とする文字文化についての著者が散見されるようになった。大方は、日本式は難しくて普遍性がないと批判的なものだが、中には漢字文化が最近のノーベル賞多発の大もとにある、と断言した著書もある。私は、この説を大いに支持したい。
漢字の起源は象形文字のものが多く、例えば、太陽を表す「日」や、樹木を表す「木」、それを組み合わせて、木の後ろから日が昇る「東」などは有名であろう。そして、中国とは異なり、日本の漢字は古代中国の漢の時代の文字の形状をそのまま保とうとしている。
西欧文明が明治維新に導入された際に、多くの学問分野が漢字で表わされるようになった。例えば、物理と化学だが、物の理を理解する学問、物の化ける様を研究する学問など、文字からその内容を理解することは、小学生でも容易にできる。内容どころか、その本質を旨く言い当てたものもある。例えば、「物性」という単語は有名で、英語には相当する単語は無く、そのために様々な物性に関する研究が、「物性研究」の名のもとに集合されて、著しい成果を上げているとの説がある。
一方で、PhysicsとかChemistryという文字列は、それだけで内容を理解できない。英語の学問分野の多くは、古代ギリシャ語やラテン語からそのままの形で表されるようになったのだが、その為に文字列から本質を理解することはできない。更に、日本語が特殊であるが故に、多くの文献が日本語訳されている。この事実は世界的に珍しい傾向だそうで、多くの著書では、この為に日本語で作成された論文がリファーされずに、大学の世界地位が低めに出てしまうことを嘆くことが記述されている。
しかし、岩波書店がアリストテレス全集を発刊した際には、諸外国から賛辞が贈られたとの事実がある。西欧のルネッサンスがスペインでのレコンキスタがイスラム文明を導入するきっかけとなり、その際にアリストテレス全集のイスラム語版の存在を知り、あわてて西欧の言語訳を作り、それを当時の印刷技術で広めたことが、中世の非合理な世界から抜け出す原動力となったとの説もある。ちなみに、それまでイスラム文化圏であった地域の多くは、アレキサンダー大王に支配された地域が多く、アリストテレスは若きアレキサンダーの師であった。古代ギリシャの自然科学の知見を素直に受け継いだイスラムが、中世のヨーロッパを席巻していたと時代と言えそうである。
近年のノーベル物理学賞は、この日本語の文字文化と、膨大な日本語訳の文献が大きな原動力の一つとなっているという考え方も、あながち無視できないように思う。英語の文献を読みあさるのも、知識の拡大につながるのだが、翻訳技術に長けた専門家が訳した日本語を熟読すると、原文では表れていない、その奥にあるものが見えてくるように感じることがある。
以上の3枚は、岩波書店のアリストテレス全集の発刊と同時に発行された「月報」による。
このような思考過程を経ると、古代においても現代においても、独特の文字文化が文明化のプロセスの重要な要素であることが明白になるのではないだろうか。
2015.11.7 その場考学半老人 妄言
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