『太陽にほえろ!』が築いた刑事ドラマの定石をことごとく覆し、新時代のスタンダードとなった平成の大ヒット作『踊る大捜査線』('97) の全脚本を執筆された君塚良一さんが、実は『太陽~』でプロデビューされてたことはマニア間じゃ有名な話だけど、一般的にはあまり知られてないかも知れません。
『太陽~』で書かれたのはこの#423オンリーだけど、なにせデビュー作ですから君塚さんにとって忘れがたい作品みたいです。
ただしそれは、どちらかと言えば悪い意味で忘れがたいのかも? 近年NHKのBSプレミアムで放映された『太陽~』特集番組における君塚さんご自身のコメントによると、確かに君塚さんの書かれたプロットが採用されはしたんだけど、出来上がった台本を読むと「ぼくが書いたセリフやト書きは、一字一句残ってなかった」んだそうですw つまりメインライターで監修役の小川英さんに書き直され、ほとんど原型を留めてなかった。
君塚さんが書かれたのは「高校生が自殺した友人に代わって大人に復讐する」ストーリーなんだけど、それが「僕がこれをやりたいと思った核を残しつつ、全部がきちんとエンターテイメントに仕立て直された感じ」になってたそうです。
「複雑な気持ちだったけど、悔しいとは思わなかった。だって(完成作は)とても面白かったから」
そう述懐されてる君塚さんの書かれたホンが一体どんなだったか、なぜ原型を留めないほど直す必要があったのか、完成作から逆算して推理しながらレビューしたいと思います。
なお今回は、翌週に最終回を迎える『あさひが丘の大統領』で生徒役レギュラーだった田中浩二さんと星野浩司さんがゲスト出演されてるのも見どころの1つ。さらに頭師孝雄さん、西田健さん、そして『太陽~』の後番組『ジャングル』で刑事役レギュラーとなられる安原義人さん等、なにげに豪華布陣です。
☆第423話『心優しき戦士たち』
(1980.9.12.OA/脚本=小川 英&君塚良一/監督=山本迪夫)
長さん(下川辰平)が父親の法事で休暇を取り、数年振りに夫婦で帰郷しようとした朝、七曲署管内でジョギング中のサラリーマンが轢き逃げされる事件が発生。
ニュースを観るかぎり手掛かりが少なく、犯人を探すには人手がいるだろうと察した長さんは、奥さん(西 朱実)を先に出発させて自分は捜査に参加。いくら昭和のモーレツ労働者とは言え、ここまで来ちゃうとマジ病気ですw
で、その甲斐あってルポライターの村上という男(西田 健)に容疑が絞られ、その村上が事故直前に芸能プロダクションの社長=守田(頭師孝雄)と会ってたことが判り、長さんは新婚ホヤホヤなのに顔じゅう毛だらけのロッキー(木之元 亮)を連れ、守田に会いに行きます。
そしたら、その守田のプロダクション所属でただいま人気絶頂のアイドル歌手=堀川陽子(池田信子)が行方不明になって大騒ぎしてたもんだからこっちも驚いた!
いきがかり上、長さんたちも陽子の行方を探すことになるんだけど、その道すがらルポライター村上との関係を尋ねても、守田社長は「今はそれどころじゃないでしょう!?」とか言って話を逸らしちゃう。
まぁ確かに、事件性があるとすれば陽子の命にも関わって来ますから、今は行方を探すしかない。聞き込みの結果、どうやら彼女は同年代の少年2人組に連れ去られたことが判って来ます。
誘拐事件ともなると長期戦を覚悟せねばならず、とりあえず長さんは着替えをしようと、いったん自宅マンションに戻るのでした。
そしたら、自分ちの食卓で見知らぬ少年2人と、見覚えある女の子1人がカップラーメンをすすってるもんだからマジ驚いた!
「なんだお前たちは!? ……おいちょ待てよ、キミは確か……」
そう、ただいま人気絶頂のアイドル歌手=堀川陽子と、彼女を拉致した犯人に違いない少年2人=修(田中浩二)と武(星野浩司)が、長さんちで勝手にくつろいでるのでした。
なぜ、彼らはここに隠れてるのか? 実は今朝、長さんがご近所さんに「法事で3日ほど留守にします」と挨拶してたのを、この区域で新聞配達をしてる修がたまたま聞いており、まさかこのお人好しそうなオジサンが刑事とは思わず、管理人室から合鍵を盗んで侵入し、アジトに使ってたワケです。
もちろん、七曲署では拳銃の常時携帯が許可されてますから、長さんは愛銃COLTローマン2インチの銃口を彼らに向け、すぐ電話でボス(石原裕次郎)に報告しようとするのですが……
「おいちょ待てよ! 電話したら今ここで死ぬ!」
「おいちょ待てよ! オレも一緒に死ぬ!」
「おいちょ待てよ! 分かった、話を聞こうじゃないか!」
彼らは持ってた果物ナイフを陽子にではなく、自分の喉元に突きつけており、彼女に危害を加えるつもりは無さそうです。そもそも彼らは今の今まで、3人仲良くカップラーメンをすすってたんです。人んちで勝手にw
自分が食うラーメンは残ってるのかどうか気にしつつ、長さんは彼らの話をとにかく聞いてみることにしました。
それで判ったのは、修と武が1年前に自殺したアイドル歌手=古城冴子の友達であること、その冴子も守田プロダクションの所属タレントだったこと、そして守田社長がタレントのギャラを搾取したり、タレントが移籍を希望しようものなら全力で脅迫したりと、札付きの悪徳マネージャーであること。
そう、古城冴子を自殺に追いやったのは守田社長であり、2人はその事実を世間に暴露するため、ルポライターの村上に調査を依頼した。
ところが、最初は正義感に燃えてた筈の村上が昨夜、急にこの件から降りると電話して来た。恐らく村上は、守田社長から多額の口止め料を貰った。だから守田は村上との関係を話したがらなかったワケです。
もう頼れる相手が誰もいなくなった修と武は、今夜テレビに生出演する予定の現役アイドル=堀川陽子を拉致し、その番組に穴を空けることで守田社長に打撃を与えようとしてる。だけど……
「そんな事をして何になる?」
「何にもならない事ぐらい初めから分かってる! こんな事すれば捕まるだけだって事も分かってるんだ!」
「でも、俺たちに出来るのはこれしか無かった。今日の番組に穴を空けてやる事しか無かったんだ!」
2人は、古城冴子が自殺した日の前夜に電話をもらい、彼女から「友達はキミたちしかいない」「死にたい」そして「マネージャーが怖い」といった言葉を聞いていた。
冴子は「もう歌は唄えない」と言い、「歌って、人間が好きでなきゃ唄えない。人間が怖くちゃ唄えない」とも言っていた。大好きだったことがいつしか苦痛になり、彼女は生き甲斐を失ったワケです。
「あの子は守田社長に殺されたんだ!」
その上、2人と一緒に戦ってくれる筈だった村上も、結局は守田に買収されてしまった。
「俺たちが守田マネージャーに少しでも打撃を与えるには、これしか無かったんです!」
「お願いします、番組が終わるまで待って下さい! それだけでいいんです! お願いします!」
「……いや、それは出来ん……お前たちがやったことは誘拐なんだよ。誘拐はな、殺人の次に罪が重いんだ」
「でも!」
「言いたいことがあれば法廷で言うしか無いんだ。手記を出すことだって出来るだろう?」
「そんな事したって誰も聞いてくれやしない! 汚ないヤツらはそんな事したって平気なんだ! だから俺たちは……」
「それでもそれしか無いんだっ! それが、この世のルールだっ!!」
自らの迷いを吹っ切るように怒鳴った長さんに、今度は被害者である筈の陽子がたたみ掛けます。
「この人たち、誘拐なんかしてません! 私、自分でこの人たちについて来たんです。誘拐されたんじゃありません!」
「キミ……」
陽子もまた、守田から生き甲斐を奪われた操り人形の1人であり、もう人前で唄いたくないと思い詰めてるのでした。
「自分が我慢すればいいと思って来ました……でも、もう笑顔は作れません」
「…………」
「お願いです、今夜の番組が終わるまで待って下さい。刑事さん! 待って下さい!」
「…………」
涙を流して訴える美少女に、さすがの長さんも職務を忘れかけます。あと3時間……わずか3時間、待ってやるだけの事だ……
それで一旦、長さんは彼らに協力することを決意するんだけど、もちろんチョー生真面目ドラマ『太陽にほえろ!』がそんなことを許すワケがありません。悩みに悩んだ末、長さんは前言を撤回します。
「やはり……見逃すワケにはいかん」
再び長さんが拳銃を手にし、ボスに電話をかけたもんだから修と武は逆上します。
「畜生、騙したなっ!?」
ルポライターの村上に裏切られ、今度は刑事にまで裏切られたんだから逆上するのも無理ありません。長さんは2人がかりでフルボッコにされ、痛みに耐えながら彼らに手錠を掛けます。身体の痛みよりも、心の痛みの方がずっと堪えたに違いない長さんなのでした。
「なぜですか? なぜあの人たちを騙したんですか?」
テレビ局へと向かう車内で陽子に問われ、長さんはこう答えました。
「……騙したりはせん。迷っただけだよ」
「…………」
「あの子たちに今それを言っても、嘘としか思わんだろうが……しかしそれでいいんだ。それが、我々の仕事だ」
「でも私、もう今夜の番組には出たくないんです。唄いたくないんです! 守田さんのプロダクションが作ったあんな歌……」
「しかしね、その歌も堀川陽子も、プロダクションのものじゃないだろう? たくさんのファンのものだと私は思う」
「…………」
「その人たちに、キミは今夜唄うことを約束したんだろ? 約束は守らなきゃいかん。それが、キミの仕事だ」
「…………」
「1つ、頼みがあるんだがね。出来れば、あの子たちの友達になってやってくれないか? 警察を恨むのは構わんが、キミとあの子たちが仲良くしてると思うと、私も楽しいんでね」
「……はい」
どうやら長さんの想いは陽子に通じたらしく、彼女は予定通り生放送に出演し、画面越しに明るい笑顔を見せてくれました。
この時に彼女が唄ったのは『スター誕生!』出身の歌手=浦部雅美さんが'77年にリリースされた『ふるさとは春です』という楽曲。浦部さんのレコード音源に合わせた口パクみたいです。
陽子役の池田信子さん、決して悪くはないんだけど、アイドル歌手を演じるには華が足りないよなあって、私は正直思いました。なんで本物のアイドルを呼ばないんだろう?って。まあ今回は悪徳プロダクション所属って設定だから無理としても、『太陽~』のキャスティングにはそういう不満が常にありました。たとえば大映制作の刑事ドラマだと山口百恵さんとかアグネス・ラムさん等がよくゲスト出演されてましたからね。
それはともかく、さて……完成作から逆算して君塚良一さんが書かれた本来のストーリーを推理する、なんて豪語しちゃいましたけど、ちょっとムリでしたねw
完成作は如何にも『太陽にほえろ!』らしい内容で、ほんと君塚さんの仰った通り「高校生が自殺した友人に代わって大人に復讐する」っていう「核」しか残ってないんでしょう。
もしかすると原案では、長さんが最後まで少年たちに協力しちゃってたのかも?って思ったりもしたけど、もしそれがこのストーリーの「核」だったなら、たぶん採用されてないと思うんですよね。
じゃあ、君塚さんが書かれたストーリーの、一体どこが『太陽~』制作陣の眼にとまったのか?
私が思うに、今回のエピソードで一番ユニークだったのは「長さんが自宅に戻ったら、犯人たちが勝手に上がりこんでメシを食ってた」っていうシチュエーションじゃないかとw そういうのって多分ベテラン作家には出来ない発想で、意外と眼を引くんじゃないかと私は思ったんだけど、如何なもんでしょう?
もしそうだとしたら、原案はもっとコメディー寄りだったのかも知れません。『踊る大捜査線』も基本はコメディーだし、君塚さんは萩本欽一さんのお弟子さんでもありますから、その可能性はけっこう高いんじゃないかと、私は思います。
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