かつて、純情派じゃない『はぐれ刑事』というドラマがあったことをご存知でしょうか?
1975年(昭和50年)秋シーズンに全13話が放映された『はぐれ刑事』が“日本テレビ火曜夜9時のアクションドラマ”の系譜や“バディもの刑事ドラマ”の系譜から除外されがちなのは、主役のお二人(平 幹二朗&沖 雅也)にそれぞれジェンダーに関する疑惑があったから?
だとすればまったくバカげた話だけど、多分そうではなく、当時大ヒット中だった『太陽にほえろ!』を代表とする刑事ドラマの“型”からあまりにかけ離れた内容に視聴者がついて行けず、なんとなく“別もの”と認識しちゃったせいじゃないでしょうか?
少なくとも私は当時見向きもしなかったし、10年ほど前にCATVで初めて観たときもどう楽しめば良いやら戸惑い、続けて視聴する気になれませんでした。
ところが今回、『傷だらけの天使』に『俺たちの勲章』と日テレ“岡田晋吉ユニバース”のバディものを連続レビューした流れで、あらためて観直してみたら実に味わい深い!
制作は俳優座映画放送&国際放映だけど岡田プロデューサーも企画に名を連ねておられ、それだけでクオリティーの高さは保証されたようなもの。
逆に、その“志しの高さ”こそが仇になったんじゃないかと今は思ってます。ある程度レベルを落とさないとテレビ番組はヒットしない。古今東西、その法則は不変なんでしょう。
ちなみに本作の後番組が石原プロモーション初のテレビ作品『大都会/闘いの日々』で、一般的に“日テレ火曜9時のアクションドラマ”はそこが起点とされてます。
☆第1話『銃弾』(1975.10.7.OA/脚本=尾中洋一/監督=小野田嘉幹)
舞台は東京の下町・浅草。そして事件の発端は、おみやげ屋で働く若い女=まゆみ(桃井かおり)が、浩太郎(橋本 功)という同棲相手がいながら嶋本(磯部 勉)というハリソン・フォードそっくりな声をした男と1晩だけチョメチョメし、それがバレたせいで勃発した痴話喧嘩。
モデルガンの規制がまだ緩かった、当時ならばあり得そうな改造ピストルを浩太郎が持ち出したもんで、目撃者が通報して台東警察署・捜査課の刑事たちが現場に駆けつけます。
が、時すでに遅く、ハリソン・フォード声の嶋本を射殺した浩太郎は、今にもまゆみと心中しようとしてる。
温情派のベテラン刑事=風間史郎(平 幹二朗)は、血気盛んな新米刑事=影山健三郎(沖 雅也)に援護を命じ、ひとりで飛び込み、まずはまゆみを保護します。
で、浩太郎にピストルを捨てるよう説得するのですが……
ものの弾みで浩太郎が引金を引き、同時に影山ら刑事たちも一斉に発砲!
そして飛び交った何発かの銃弾のうち1発が、あろうことか風間の胸に命中してしまう!
その直後、浩太郎は自分で自分を撃って自殺しちゃう。一斉射撃しながら誰も犯人に当てられなかった刑事たちがヘボ過ぎますw
が、たぶん現実はそんなもの。飛行中のヘリからショットガンで敵の拳銃だけ弾き飛ばす団長がファンタジー過ぎるだけ。
皆が慌てて風間に駆け寄る中、影山は呆然と立ち尽くします。なぜなら彼は、後に七曲署で活躍するスコッチ刑事ほど射撃に自信がなく、しかも、撃った瞬間に眼をつむってしまった自覚があるから。
まさか、オレの撃った弾が……!?
もちろん、初回でいきなり主人公が死にやしません。風間は、遠のく意識の中で同僚刑事たちにワガママを言います。
「し、新藤外科へ連れてってくれ」
「新藤って、あの新藤か? ヤブだぞ、あいつは」
刑事たちにヤブ認定されてる外科医とは、風間と幼馴染みの町医者=新藤保太郎(田中邦衛)。
「保太郎……やられちゃったよ。タマ入っちゃった、タマ」
「なあに、タマの1つや2つ」
そう言いながらも保太郎は、レントゲン写真を見て弾丸の摘出をためらいます。
「どうして抜かないんですか?」
「黙ってろよ、若造」
そんなに難しいオペでもないのにと、助手の大辻医師(火野正平)がいぶかりますが、保太郎は相手にしません。理由は火野正平だから……ではなく、風間の肺スレスレで留まってる弾丸のサイズが気になったから。
保太郎から連絡を受け、風間&影山の上司である滝川課長(小沢栄太郎)も顔色を変えます。
なぜなら、死んだ浩太郎が使った改造ピストルは22口径で、刑事たちが使ってる制式拳銃(当時のドラマだと大抵MGCハイパト)は38口径。
そう、風間の体内に残ってる弾丸は38口径なのでした。
現在のところ、影山以外の刑事たち(望月太郎、片岡五郎、伊東辰夫ほか)の弾丸は現場で回収されており、影山と浩太郎の弾丸だけが1発ずつ行方不明。
つまり、風間の体内から弾丸を摘出する=それが38口径であることを明かせば、影山がパイセンでバディの風間を誤射したことも確定してしまう!
「ホシの弾は22口径だそうだ。オメェらのはいくつだ?」
「ええ?」
「警察官の口径だよ」
「38口径……!」
「オレは抜いてもいいよ。シカゴ帰りの凄腕なんだからよ」
「…………」
「どうした?」
「抜かんよ、弾は」
「そうか」
風間にせよ滝川課長にせよ、恐らく気にしてるのは警察のメンツじゃない。影山健三郎という有望な若手のキャリアを潰してしまうことを、未来を託すベテランとしてはどうしても避けたいんでしょう。
けど、影山をよく知らない鑑識課長(地井武男)にそんな情は通じません。
『太陽にほえろ!』じゃ入れ違いだったスコッチ&トシさんの“夢の共演”なのに、事態の不自然さをズバズバ指摘され、影山のモヤモヤもどんどん増していきます。
保太郎に尋ねても「知らんでいいの。そのほうがラクなの」とか「夜になったら眠るんです」とか「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」とか言いながら口を尖らすばかりで埒が明かない。
そして、事件現場をこっそり探索し、行方不明だった浩太郎の弾丸(すなわち、風間に当たったのが影山の弾丸であることを示す証拠)をついに見つけた滝川課長は……
その事実を闇に葬ることを決意するのでした。王道の『太陽にほえろ!』だと絶対にあり得ない作劇です。
そうとも知らず、影山は何とか事実を知ろうと奔走するも何も掴めず。当事者である先輩と上司と、主治医までグルになって隠蔽を謀ってるんだから、そりゃ何も出て来やしませんw
周りはそれで良くても影山自身は、まっとうな人間であるがゆえに苦しみ、酒に溺れます。
そんな影山に、“ラリパッパのお京”と自ら名乗るボインぼいぃぃ~ん!な酔っ払い娘(ホーン・ユキ)が絡んできます。
「あんたさ、眼つむって撃ってたじゃん」
「!?」
そう、あのとき現場に居合わせたお京は、すべてを見ていた。きっと若くてハンサムな影山に眼を引かれたんでしょう。
すぐさま呑み屋から逃げ出した影山を、ボインぼいぃぃ〜ん!とお京は追いかけ、つきまといます。
「小汚い町だよな、浅草ってとこは。オレは絶対、ジュクかブクロに移ってやるんだ」
ジュクは新宿、ブクロは池袋のことでしょう。七曲署は新宿にあるから望みは叶うワケです。
「ふふ、変わってらぁ、あんた。いいじゃん、此処も」
「許せないんだよ、あんなヤツらの為に……未練たらしい男、いざとなりゃ尻に帆かけて逃げる男、騙される女……小汚いんだよな、どいつもこいつも」
「騙されるからいいんじゃんか」
「…………」
下町=人情味にあふれた温かい場所っていう、固定されたイメージを完全否定しちゃうセリフを主役が言っちゃうのも凄い!
回が進むにつれ意識が変わっていくにせよ、現在ならコンプライアンスとやらで絶対NGでしょう。
「朝だね……タバコちょうだい」
「……オレな、生身の人間を撃ったの初めてだったんだ。ざまぁねえよな」
「……デカってさ、ほんと好きじゃないんだよな。カッコ悪くて」
「…………」
「だけど最高にカッコよかったよ。眼つむって撃ったアンタ」
つまり、それが人間らしい人間ってことでしょう。お京は影山のルックスだけに惹かれたワケじゃなさそうです。
味わい深いこの第1話の中でも、特にこの影山とお京のやり取りが良かった!
それはホーン・ユキさんのおっぱいがチラチラするからじゃなく(それもあるけど)、きっと本作が“刑事ドラマ”じゃなく“人間ドラマ”であることを最も端的に示したシーンだからだと思います。
テレビ視聴者(ことに刑事ドラマのファン)が求めがちな“理想的ヒーロー”がここにはいない。そりゃ従来型の系譜から“はぐれ”ちゃうワケです。
だから影山は、真相なんか知る由もないまゆみを署に連行し、意味のない取調べを繰り返すという醜態まで晒します。
「アンタにはアンタの言い分ってものがあんだろう? それを聞かせてくれって言ってんだよ。そうでなきゃいつまでも吹っ切れないからさ。なあ!」
「だからあ! なんで死ぬのぉ? なんで撃つのぉ!? ねえ、なんでぇ!? 浮気したんじゃないんだもん! そういうのじゃないんだもん!」
かおり節が炸裂したところで風間が、胸に弾丸を食い込ませたまま帰ってきます。
「テメエに腹立てて、ヒトに当たる奴はクズだぜ?」
急所にはギリギリ達してないとはいえ、鉛弾には毒があるから生きちゃいられない筈だけど、わたしゃ医者じゃないので何とも言えません。
とにかく風間は胸に爆弾を抱えたまま、捜査という激務を続けていく。自分の為じゃなく、生意気な後輩の為に。
そこがこのドラマの肝であり、描かれるのは“事件”じゃなくて“人間”。謎解きもへったくれもありません。
取調室から解放されたまゆみは、影山のライターを借りて、1枚の写真を焼却します。それは一晩だけチョメチョメした嶋本とのツーショット。
みやげもの屋で働いてると、よく観光客が一緒に写真を撮ろうと言ってくる。大抵はその場かぎりの交流なのに、嶋本だけは撮った写真を送ってくれた。
「みやげもの売場ってさ、毎日通過されるだけの暮らしじゃない? なんか、あの写真を持ってるとさ、何かが私を待ってるみたいなさ……そんな気がしたのよね」
「だからね、嶋本さんと会った時さ、とっても嬉しかったけど……浮かれたけどさ、好きとか嫌いとか、そういうのじゃなかったのよね」
「だから浮気したんじゃない。そういうのも浮気?」
「どこまでがホントで、どっから先がウソだなんてことはさ、簡単に決められることじゃないんだよ」
「痛い?」
「まあな」
「ごめんね」
ゴメンで済めばほんと警察は要らないワケだけど、風間は笑って許しちゃう。撃ったのは彼女でも浩太郎でもないしw
「その胸の弾は……オレの弾じゃ?」
「自惚れんなよ。お前の弾が当たるほど、まだモウロクしちゃいねえよ」
「川だよ、川ん中。お前のへなちょこ弾はさ。どうしても探したかったら、一生かけて川でもさらえ。そのうち分からあ、刑事ってもんがさ」
謎解きどころか、犯人を逮捕するシーンもなく第1話が終わっちゃう。あの勝新太郎さんのカルト作『警視ーK』でさえ「投げ手錠」という見せ場があったのに!
そういうクライマックスがあるのが当たり前で、それを見せるために刑事ドラマが存在すると我々は思い込んでますから、そりゃ戸惑うワケです。
けど、腐るほど刑事ドラマばかり見倒してきた、今の私には痛いほどよく解る。たまには王道からかけ離れたことをやってみたい創り手の気持ちも、それを実際にやらせてもらえた昭和という時代がいかにクリエイティブだったかってことも。
10年ほど前は楽しめなかった純情派じゃない『はぐれ刑事』だけど、レビュー続行中の『太陽にほえろ!』ではスコッチが退場しちゃったことだし、これからおいおい観て行こうかと思ってます。
この作品を彩るレギュラー女優陣は、新藤医師の嫁さんの妹でナースの美智子を、そして翌々年には『太陽にほえろ!』でスコッチの元婚約者を演じる、夏純子さんと……
滝川課長の若妻=淳子を演じる、浅茅陽子さん。
そしてボインぼよよ〜ん!な“ラリパッパのお京”こと、ホーン・ユキさんです。
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