ふだんアニメはほとんど観ないけど、ちょうど私がテレビを観る時間に放映されてたこと、かなり個性的な女子高生たちが主役であること、伊藤沙莉さんが声優に初挑戦されてること、そして創作をテーマにしてること等、観たくなる条件が絶妙に重なりました。
そりゃ隈無く観ていけばアニメにも面白い作品、優れた作品が沢山あるのは知ってるけど、私がこれほどハマるようなのは滅多に無い筈です。
以前ご紹介した通り、部活でアニメを創る女子高生トリオのお話で、同じアニメ製作でも朝ドラ『なつぞら』で描かれた昔ながらのセル画方式じゃなく、パソコンを使った(つまりアマチュアでも可能な)現代ならではの手法を詳細に見せてくれます。
だけどこの作品の面白さは、もっと別なところにある。その1つが、創作の「現場」だけじゃなく「制作」と「宣伝」の部分にまでスポットを当ててること。
いくら才能があっても、製作資金を調達する交渉力と、作品を世に出す宣伝力が無ければ、創作活動を継続していくことはまず不可能。そこをリアルに描いた作品って、アニメに限らず今までほとんど無かったように思います。
主人公=浅草氏はどうやら物凄い才能を秘めてるんだけど、人づき合いも人前に出るのもチョー苦手。そんな彼女がひょんな事から、守銭奴で弁の立つ金森氏と、有名な雑誌モデルなんだけど実はアニメーターになりたい水崎氏と出逢う。金森氏がプロデューサーとなって「制作」を担い、水崎氏が広告塔となって「宣伝」を担うことで「現場」に集中できるようになった浅草氏が、その才能を開花させて行く。
性格も家柄もまるで違う3人が、アニメ創りを通して絆を育んでいく青春ドラマでもあるし、おそらく将来とてつもない作品を生み出すであろう(例えば『エヴァンゲリオン』のガイナックスみたいな)チームの誕生を描いたサクセスストーリーでもある。
そして何より観てて心踊るのは、この作品が創作の難しさと苦しさ、それがあればこその楽しさを、実際に創った経験のある人にしか分からないリアルさで詳細に描いてくれてる点。(原作者の大童澄瞳さんは実際に高校の映画部でアニメを創ってらしたそうです)
最終回では、苦労に苦労を重ね、さぁ後はBGMをつければほぼ完成っていう段階で、仕上がって来た楽曲がこちらのイメージするのと全く違うものになってることが判明。納期は目前で曲を一から創り直してもらう時間は無い。一体どうすりゃいいんじゃいっ!?
ここで、浅草氏が真の才能を発揮するんですよね。そりゃあ何の制約もトラブルも無く、100%作者のイメージ通りに創れたらそれに越したことは無いけど、なかなかそうはいかないのが現実。プロであろうがアマチュアであろうが、予定通りいかなくなった時にどう対処するか、発想の転換がうまく出来るかどうか、そこが天才と凡才の分かれ道になるんだと私は思います。
そこで浅草氏がどう発想を転換させ、どのように対処したか、それをここで説明するのはあまりに面倒なので割愛しますが、出来上がった作品は明らかに、当初予定してたものよりも素晴らしくなってました。
そこが創作の面白さであり、醍醐味なんですよね! 例えば、ショーケンさんのワガママが『太陽にほえろ!』を、藤岡弘さんの大事故が『仮面ライダー』を、それぞれ結果的に爆発的ヒットへと導いたような奇跡。
例えば三谷幸喜さんが戦時中の日本を舞台に書かれた戯曲『笑の大学』では、軍からの厳しすぎる検閲により、主人公の舞台作家が本来やりたかった演劇の内容を変えなきゃいけなくなるんだけど、なぜか変えれば変えるほど前より面白くなっちゃう不思議が描かれてました。
創作の現場では、そういうことがよく起こる。勿論それは魔法でも何でもなく、他者の意見が入ることによってストーリーやキャラクターがより多面的になったり、作者自身が思いもしなかったアイデアが浮かんだりする等の、論理的な裏付けがちゃんとある。だけどそれは、誰にでも出来ることじゃない。そんな時にこそ才能が試されるワケです。
そしてもう1つ、浅草氏が物凄い才能を持ってるに違いないと、私に確信させたのがラストシーンの台詞。
徹夜続きで疲れ果てた浅草氏は、完成した作品を初めて自分で鑑賞しながら途中で眠っちゃう。一緒にいた金森氏と水崎氏は呆れながらも「ま、浅草氏がなんて言うか、聞かなくても分かるけどね」って言ってそのまま寝かしちゃう。
で、翌日。今度こそ作品を最後まで観た浅草氏は、さて何と言ったか? 私はその台詞を聞いて、思いがけず泣いちゃいました。彼女は、しれっと笑いながらこう言ったんです。
「まだまだ、改善の余地ばかりだ」
あれだけ苦労したのに! そして明らかに凄い傑作が生まれたというのに! 彼女はこれっぽっちも満足していない!
私が泣いたのは多分、そんな浅草氏が羨ましくて仕方ないから。私もかつて(アニメじゃないけど)創作活動をして、短期間ながらプロにもなって、自分に何が一番足りてないかを思い知らされたんです。
それがこの浅草氏の台詞に集約されてます。つまり、簡単には満足しない探究心と、飽くなき創作意欲。一言で言えば「情熱」です。それこそがクリエイターに最も必要な「才能」だと思うワケです。こればっかりは持とうと意識して持てるもんじゃない。
そんな浅草氏を、ウチらが全力で支えてあげるんだ!なんて、金森氏と水崎氏がこれっぽっちも思ってないのがまた良いんですよねw 金森氏はただお金を儲けることが好きだから、水崎氏は自分がアニメーターになりたいから、つまり利害が一致するから一緒にやってるだけのこと。だからこそ強いんです。
いやあ~、これは本当にハマりました。アニメ番組のBlu-ray BOXを、生まれて初めて予約しちゃいました。この作品には、私の夢が詰まってる。
4月からは実写版の連ドラが、5月にはその劇場版が公開されるそうだけど、アイドルタレント主演によるそれらがアニメ版を超えることは、まず100%無いだろうと思います。
が、それでも、創作の難しさと楽しさをリアルに描く根本のスピリットさえ外さなければ、それなりに面白い作品にはなる筈。同じ話を実写でやることでどういう部分が変わっていくか、私は楽しみにしてます。
テレビ朝日系列「日曜プライム」枠で先日放映された、大門剛明さんのミステリー小説『不協和音』をドラマ化した単発2時間スペシャル。
熱血刑事とクールな検事が対立しながら共に事件を解決する話ってことで、シリーズ化がほぼ絶望視されてる『ケイジとケンジ』の代替企画なのかな?って一瞬思ったんだけど、こちらは去年撮影された作品のようで、単なるネタ被りですねw
でも、これはこれで面白かったです。
かつて自白強要により冤罪を引き起こしたと世間から糾弾され、その真相を語らぬまま急死した刑事(丸山智己)の幼い息子2人が、それぞれ別の親類に引き取られて21年後、刑事と検事になって運命の再会を果たします。
亡き父への憧れから月島東署の刑事になった叩き上げの兄=祐介(田中 圭)と、父を否定する立場から検事になったエリートの弟=真佐人(中村倫也)。対照的な道を歩みながらも、父が間違ってなかったことを信じたい想いは同じだったりする。
そんな二人が、一筋縄じゃいかない容疑者たちと向き合い、その本心を読み解くことで、父の心情をも理解していくというストーリー。
まさに旬の俳優となった田中圭くんが安定の演技で熱血刑事をチャーミングに演じる一方、これまで何だかフワフワした役が多かった中村倫也くんが、スコッチ刑事にも匹敵するクールさとシャープさでエリート検事を見事に演じてます。お二人とも本当に上手い!
さらに、何かと祐介に絡む熱血弁護士に趣里、本庁捜査一課の警部補に杉本哲太、月島東署の署長に中島一之、祐介の後輩巡査に笠松将、そして先輩巡査に生瀬勝久、その妻に多岐川裕美が扮するほか、木下ほうか、岡部たかし、川島潤哉、板倉チヒロ、小野寺晃良etc…といった実力派キャストが脇を固めます。
これだけ演技力のある役者が揃うと見応え充分。ちょっと神木隆之介くんに似た少年役の小野寺晃良(おのでら あきら)くんは殿下=小野寺昭さんのお身内?かと思ったけど全然関係ないみたいですw
そんなキャスト陣のアンサンブルも素晴らしいし、主役兄弟の背景(過去)と事件(現在)とを無理なくリンクさせるストーリーも面白く、これはシリーズ化の可能性が大いにありそう。
今回はいまいち機能してなかった趣里さん=弁護士のキャラも、シリーズ化されれば刑事と検事を取り持つ立場で活きて来るだろうと思います。
たまたまでしょうけど刑事ドラマのレギュラー出演がこれまで無かった趣里さん。あの杉下右京の娘なんだから、そろそろ刑事役も如何でしょうか?(多部未華子さんの新作ドラマ『私の家政夫ナギサさん』に出られるみたいですね)
先日KADOKAWA社から発売された、『太陽にほえろ!伝説/増補決定版』以来17年ぶりとなる、岡田晋吉さん(元・日本テレビプロデューサー)の著作による『太陽~』公式本です。
タイトル通り、今回は『太陽~』を通して萩原健一さん、松田優作さん、石原裕次郎さんの素顔を語る内容であることは事前に分かってたので、私はあまり期待してませんでした。
そのお三方についてはもう語り尽くされた感があるし、まして著者が岡田さんとなると前述の『太陽にほえろ!伝説』や『青春ドラマ夢伝説』等の本と各種インタビューで、同じエピソードを何度繰り返し拝聴して来たか判りませんから、新鮮な情報はもう期待出来ないと思ってました。
しかもボス、マカロニ、ジーパン以外のメンバーは無視かよ?って、番組そのもののファンとしては憤りさえ感じてました。
けど、話題がそのお三方に絞られてることが、かえって功を奏しました。それだけ1人1人に文字数が費やされたお陰で、初耳のエピソードが意外に多く、すでに耳タコのエピソードに関してもディティールが追加され、掘り下げられたことによって新たな発見がいくつもあり、思いのほか読み応えがありました。
特に面白かったのが、プロデューサーから見たショーケンさんと優作さんの、性格の違いについて。こちらから何か小言を言った時、ショーケンさんはとことん議論して納得すれば素直に従うけど、優作さんはすぐに「はい」って返事して従うフリをして、実際はその通りに絶対しなかったんだとかw
自分のやりたいようにやらなきゃ気が済まないのは両者とも同じなのに、片や正面からぶつかり、片や飄々とかわしちゃう。
スタッフからすりゃどっちも厄介で面倒臭いけどw、両者それぞれの人間観が伺えて興味深い。ショーケンさんの方が人間好きで、優作さんは人間を(特に偉い立場の人を)信じてない感じがしますよね。
もう1つ印象に残ったのは、岡田さん&梅浦洋一さん(元・東宝テレビ部プロデューサー)&竜雷太さんによる座談会で明かされた、『太陽~』の企画は竜さん(つまりゴリさん)が肝だった、っていうお話。
キャスティングで最初に決まったのは竜さんだった、っていうお話は聞いた覚えがあるし、ゴリさんのキャラが一番『太陽~』のスピリットを体現してることは我々ファンも解ってたけど、「竜さんが企画の核」であり「竜さんがいないと成立しなかった」とまで元プロデューサーのお二方が明言されたのは、今回が初めてじゃないかと思います。
これはもしかすると、昨年ついにショーケンさんが亡くなられて、気遣いする必要が無くなったお陰かも知れませんw 「おいおい、新米刑事の成長が肝なんじゃなかったのかよ?」って、文句言われる心配が無くなったからw
ショーケンさんに関しては、今回の出版に先駆け「ちくま文庫」社から発売された文庫版『太陽にほえろ!伝説』も同じくなんだけど、マカロニ刑事の写真が極端に少ないのがとても不自然だし、非常に残念な点でもあります。一体なぜ?
ちょっと古い話だけど「映画秘宝」誌の別冊ムック『男泣きTVランド』が発売された時、表紙のオモテが優作さん、ウラがショーケンさんのそれぞれ肖像画だったのが、ショーケンさんサイドからのクレームにより、第2刷からは両面とも優作さんに変更された事がありました。どなたか存じ上げないけど権利保有者の方がうるさいのかも知れません。
私が感じた不満はそれだけで、本の内容に関してはおおむね満足、保存用と2冊買った甲斐がありましたw
もちろん、欲を言えばシンコやチャコ、ボンにスニーカー、ジプシー、ブルース、マイコンw等についても詳しく語って頂きたいところだけど、商売にならないのは重々承知してますから諦めます。
とにかく『太陽にほえろ!』ファン、昭和アクションドラマのマニアなら、『太陽にほえろ!伝説』と併せてこれは必須のバイブル。買わなきゃダメです。
『太陽にほえろ!』マカロニ編の末期からロッキー登場の直前あたりまで、七曲署の制式拳銃として大活躍したのが、MGC社から発売された初のプラスチック製モデルガン=ハイウェイパトロールマン41、通称「ハイパト」でした。
詳しい解説は以前『太陽にほえろ!とMGCハイパト』と題した記事に書きましたので、今回は割愛します。とにかくボツ画像に陽の目を見させ、処分する為に書いてますw
『太陽~』のみならず'70年代のあらゆるアクションドラマで活躍したモデルガンで、特に『太陽~』ではこれをベースにジーパン、テキサス、ゴリさん、殿下それぞれに専用のカスタムモデルを製作する等、特に重宝してた印象があります。
ロッキー登場後は同じMGC社製リボルバー「コルト・ローマンMk-III」に制式拳銃の座を譲ることになりますが、'70年代ドラマを愛するファンの間では永遠の名機として、今でも愛されてるモデルガンです。
北海道ロケ編を区切りにして『太陽にほえろ!』は新たなシーズンに入り、ここしばらく3パターン位しか無かったボン(宮内 淳)のファッションにバリエーションが加わりました。
その1つが、いつもの黒Tシャツを着ないで胸をはだけ、替わりにベストを着用した一見マカロニ刑事風のコーディネート。
Tシャツ有りのバージョンもYシャツの襟が広くなったことで、以前よりちょっとオシャレになった気はしますが、まぁ相変わらずと言えば相変わらずのセンスですw
でも、当時このスタイルを真似してた男子はけっこういた筈で、何を隠そう私自身もその1人。もちろん、今思えば恥ずかしい限りですw(ボンのファッションがじゃなく、私自身の勘違いが)
後輩ロッキーの髭に負けじと髪の毛のボリュームもアップし、もみあげも更に伸びてちょっとクドくなって来ましたw
個人的にはこれより約1年前、ロッキーが登場する前後の頃の宮内さんが最も精悍で格好良かったと思います。ファッションももうちょい自然でしたからね。
さて、'79年に入ると、神がかり的だった宮内さんのカッコ良さに翳りが見えて来るのと同時に、『太陽にほえろ!』という番組そのものも「マンネリ」という潜在的な問題がいよいよ表面化し、その人気に翳りが見え始めます。
黄金時代の終焉……その足音がいよいよ近づいて来ました。当時、私はもう既に、毎週淡々と事件を捜査するだけの『太陽~』を、なんだかつまんないと思ってました。正直、惰性で観てました。
それでもファンをやめられなかった理由は、前回の記事に書いた通り。私はすでに中毒患者だったのと、まだボンが七曲署にいてくれたからです。