『千子の夏休み』 (4)
「日本にいなかったアライグマが、どうしてすみついたか。みなさん、しってますね。そう、テレビのアニメを見て、アライグマを飼う人がふえたからです。では、あのうた、うたえますか」
スクリーンにアニメがうつった。
野原がひろがり、少年とアライグマが、じてんしゃにのってはしり、草はらを、ころげまわっている。
おんがくがながれた。
荒井さんは、「ハイディハイディリトゥラスコー」と英語でなにかうたいはじめ、「ヒアラスコー」と声をかけた。すると、おじさんやおばさんたちが、スクリーンのことばを見て、声をそろえてうたいはじめた。
しろつめくさの はながさいたら
さあ いこう ラスカル
ろくがつのかぜが わたるみちを
ロックリバーへ とおのりしよう
かみさま ありがとう
ぼくに ともだちをくれて
ラスカルに あわせてくれて
ラスカルに あわせてくれて
ありがとう ぼくのともだち
ラスカルに あわせてくれて
荒井さん、水田さん、光さん、千子のおとうさんおかあさん、それに村のおじさんおばさんたちも、おとながみんな、大きな声でうたっている。
なつかしそうに うたっている人。
なみだぐんで うたっている人。
顔が かがやいている。
へやの空気が、いっぺんにかわった。
千子はびっくりした。ほかの子どもたちも、わけがわからなくて、きょとんとしている。おじいさんやおばあさんたちは、なんでうたなんかうたうんだ、という顔をしている。
荒井さんは、千子やゲンや村の子どもたちの顔を見ていった。
「ふしぎでしょ。ふだんえらそうにしているおとなが、子どものアニメのうたを、大きな声でうたうなんて。じつは、いまから30年まえ、『あらいぐま・ラスカル』というテレビアニメが、放送されました。11さいの少年が、アライグマの子どもをひろって、そだてるおはなしでした。一年間、まいしゅう放送されて、ぼくたち日本の子どもは、日曜日のよる、このアニメを見るのが、とてもたのしみでした」
おじいさんたちが、声をあげた。
「あのテレビがよくなかった。あれで、子どもがアライグマを飼うようになった」
「アライグマを、日本につれてきて、売ったやつがわるい」
「アライグマは凶暴だからって、にがしたやつがわるい」
「ちょっとまってください。だれがわるかったかを、いまになってはなしあっても、しかたありません。もう日本にすみついてしまったのです。
ではどうすればいいか。つかまえて、へらすしかありません。100匹のアライグマがいるとして、まいとし、半分ずつつかまえれば、9年後にはゼロになります。いまからそとに出て、捕獲器のつかいかたをせつめいします」
公民館の倉庫のまえには、じょうぶな金あみでつくった捕獲器が、ならべてあった。
どんなところにおくのがいいか、えさはなにがいいか、のらねこやたぬきがはいったらどうするか、荒井さんはわかりやすくせつめいしてくれた。
公民館のまえに車がとまり、見たことのないおばさんが、つかつかとやってきた。
「わたしは、日本アライグマ友の会の、佐藤澄子といいます。みなさん、アライグマを捕獲器でつかまえようとしていますが、つかまったアライグマは、どうなるかしっていますか」
荒井さんは、こまったような顔で、よそを見ている。佐藤というおばさんは、そばにたっていた千子の顔をのぞきこんで、いった。
「おじょうちゃん、アライグマはつかまったらどうされるか、しってるの」
千子はくびをふった。
「みなさん、アライグマはころされるのですよ。なんにもわるいことをしていないのに」
「スイカを食いあらされたぞ」
「特産品のブドウをやられた」
佐藤さんは一歩まえに出て、みんなを見まわしてから、えんぜつをはじめた。
「みなさん、きいてください。アライグマのあかちゃんは、カナダの森でのびのびとくらしていました。ある日、こわいおじさんにつかまえられて、日本につれてこられました。アライグマは、お店で売られ、子どもに飼われ、ちょっとひっかいたからってたたかれ、野山にすてられました。アライグマは、イタズラしてやろう、わるいことをしてやろう、なんてかんがえていません。つれてこられた日本で、ひっしに生きているだけです。そんなアライグマを、みなさんは、つかまえて、ころしてしまうのですか」
佐藤さんのけんまくに、みんなだまってきいているだけだ。
「アライグマは、いまでは日本にすみついています。アライグマを、ぜつめつさせることは、もうできません。だったら、しぜんにまかせたらいいじゃありませんか。がいこくからきたどうぶつは、アライグマだけではありません。それがふえて、日本をせんりょうしてしまいましたか。
畑でつくるものを食べられてこまるなら、電線のさくをすればいいじゃありませんか。人間の食べものをとって食べるのは、アライグマだけじゃないでしょ。アライグマは、ねこやいぬとおなじ、いのちあるどうぶつです。人間のつごうで、ころさないでください」
それだけいうと、佐藤さんはさっさと車にもどって、行ってしまった。
あっけにとられて見ていた人たちが、がやがやしゃべりはじめた。
水田さんが、荒井さんにきいた。
「あの佐藤さんをしっているんですか」
「ええ、アライグマをころすな、と役所にこられることがあります」
荒井さんは、村の人たちにむかっていった。
「たしかにアライグマは、くるしまないように安楽死のしょぶんをします。それはやさいやくだものをつくって食べる人間には、しかたのないことです。でも、畑をあらされたことのない人に、なかなかわかってもらえないのが、ざんねんです」
荒井さんは、アライグマが捕獲器にかかったら、ぜったいに自分ではこんではいけない、かならずれんらくしてください、とつけくわえた。
千子のおじいさんは、捕獲器をかりようともうしこんだけど、じゅんばんまちになった。
8月12日のあさ、千子が顔をあらっていたら、とめちきさんが死んだ、とゲンがしらせにきた。光さんはいろいろ用事があるので、モルモットのせわをしてほしいとたのまれたいとう。
なにかてつだいをしたいと、おじいさんも千子についてとめきちさんの家に行った。とめきちさんの家には、村の人が五人きて、あまどをあけ、へやとにわをかたづけて、そうじしていた。ゲンと千子はうらにまわって、モルモットの小屋をそうじした。モルモットが1匹死んでいたので、はかにうめて、花をそなえた。
えさのやさいと水をやっていると、光さんと千子のおじいさんがうらにまわってきて、しばらくモルモットを見ていた。
おじいさんが、モルモットにはなしかけた。
「とめきちさんは、やすらかな顔をしておられた。おまえたちには、25年もせわをしてもらったことが、わかるかのう」
光さんは、なにもいわないで、モルモットをたしかめるように、1匹ずつ見ていた。
つぎの日、とめきちさんのそうしきにあつまった人たちに、光さんはおれいをいった。
「とめきちの身内といえば、まごのわたしだけです。わたしは、中学校をそつぎょうして、23年まえにこの村をはなれてから、一度もかえってきませんでした。村のみなさんに、おせわになりっぱなしでした。きょうも、とめきちをおくりに来ていただいて、きっとよろこんでいると思います。ありがとうございました」
れいきゅう車が出てしまうと、ゲンと千子は家のうらにまわって、モルモットのせわをした。モルモットをそとに出してだんボールばこに入れ、鉄のさんを水であらってきれいにした。あたらしいわらを、たっぷりしいた。
えさばこや水入れをあらって、小屋の金あみのくものすをはらった。
千子は、小屋をきれいにしながら、モルモットはどうなるのだろう、モルモットはどうなるのだろう、と思っていた。ゲンもそれをかんがえているのだろうが、だまったまま、そうじをしていた。
そうじがおわると、モルモットを1匹ずつりょう手でだきあげ、顔を見てから、小屋に入れた。32匹いた。
ゲンが、とめきちさんにもらったモルモットをさんぽさせたいといった。千子はゲンのうちに行き、二人は1匹ずつモルモットをだいて、池のふちをまわって、クローバーのしまにつれていった。2匹はいまもなかよしで、草の上におろすと、頭をくっつけるようにして、クローバーを食べた。
14日のおぼんの一日を、千子は家でおじいさんとおばあさん、おとうさんとおかあさんとすごした。ゲンがよびにくるのではないかと、一日中気になったが、ゲンはこなかった。
千子は、あさってのあさ、おとうさんおかあさんといっしょに、まちにかえることになった。
あしたは、自分からゲンの家に行って、いっしょにモルモットを見に行こう、と千子は思った。
15日のあさ、ふくや本をかばんにつめていると、ゲンがやってきた。
「モルモットの小屋でなんかあったみたい。光さんと水田さん、それにしらないおじさんが、小屋のほうで、はなしてるのが見えた」
「ゲンちゃん、行ってみようか」
「それが、子どもはきたらだめって。光さんから、ばあちゃんにでんわがあったんや」
「だって、わたし、あしたかえるのに。きょうはモルモット見たい」
「そりゃ、ぼくも気なるけど。またばあちゃんにきいてもらうからまっといて」
千子は、むねがざわざわした。
「日本にいなかったアライグマが、どうしてすみついたか。みなさん、しってますね。そう、テレビのアニメを見て、アライグマを飼う人がふえたからです。では、あのうた、うたえますか」
スクリーンにアニメがうつった。
野原がひろがり、少年とアライグマが、じてんしゃにのってはしり、草はらを、ころげまわっている。
おんがくがながれた。
荒井さんは、「ハイディハイディリトゥラスコー」と英語でなにかうたいはじめ、「ヒアラスコー」と声をかけた。すると、おじさんやおばさんたちが、スクリーンのことばを見て、声をそろえてうたいはじめた。
しろつめくさの はながさいたら
さあ いこう ラスカル
ろくがつのかぜが わたるみちを
ロックリバーへ とおのりしよう
かみさま ありがとう
ぼくに ともだちをくれて
ラスカルに あわせてくれて
ラスカルに あわせてくれて
ありがとう ぼくのともだち
ラスカルに あわせてくれて
荒井さん、水田さん、光さん、千子のおとうさんおかあさん、それに村のおじさんおばさんたちも、おとながみんな、大きな声でうたっている。
なつかしそうに うたっている人。
なみだぐんで うたっている人。
顔が かがやいている。
へやの空気が、いっぺんにかわった。
千子はびっくりした。ほかの子どもたちも、わけがわからなくて、きょとんとしている。おじいさんやおばあさんたちは、なんでうたなんかうたうんだ、という顔をしている。
荒井さんは、千子やゲンや村の子どもたちの顔を見ていった。
「ふしぎでしょ。ふだんえらそうにしているおとなが、子どものアニメのうたを、大きな声でうたうなんて。じつは、いまから30年まえ、『あらいぐま・ラスカル』というテレビアニメが、放送されました。11さいの少年が、アライグマの子どもをひろって、そだてるおはなしでした。一年間、まいしゅう放送されて、ぼくたち日本の子どもは、日曜日のよる、このアニメを見るのが、とてもたのしみでした」
おじいさんたちが、声をあげた。
「あのテレビがよくなかった。あれで、子どもがアライグマを飼うようになった」
「アライグマを、日本につれてきて、売ったやつがわるい」
「アライグマは凶暴だからって、にがしたやつがわるい」
「ちょっとまってください。だれがわるかったかを、いまになってはなしあっても、しかたありません。もう日本にすみついてしまったのです。
ではどうすればいいか。つかまえて、へらすしかありません。100匹のアライグマがいるとして、まいとし、半分ずつつかまえれば、9年後にはゼロになります。いまからそとに出て、捕獲器のつかいかたをせつめいします」
公民館の倉庫のまえには、じょうぶな金あみでつくった捕獲器が、ならべてあった。
どんなところにおくのがいいか、えさはなにがいいか、のらねこやたぬきがはいったらどうするか、荒井さんはわかりやすくせつめいしてくれた。
公民館のまえに車がとまり、見たことのないおばさんが、つかつかとやってきた。
「わたしは、日本アライグマ友の会の、佐藤澄子といいます。みなさん、アライグマを捕獲器でつかまえようとしていますが、つかまったアライグマは、どうなるかしっていますか」
荒井さんは、こまったような顔で、よそを見ている。佐藤というおばさんは、そばにたっていた千子の顔をのぞきこんで、いった。
「おじょうちゃん、アライグマはつかまったらどうされるか、しってるの」
千子はくびをふった。
「みなさん、アライグマはころされるのですよ。なんにもわるいことをしていないのに」
「スイカを食いあらされたぞ」
「特産品のブドウをやられた」
佐藤さんは一歩まえに出て、みんなを見まわしてから、えんぜつをはじめた。
「みなさん、きいてください。アライグマのあかちゃんは、カナダの森でのびのびとくらしていました。ある日、こわいおじさんにつかまえられて、日本につれてこられました。アライグマは、お店で売られ、子どもに飼われ、ちょっとひっかいたからってたたかれ、野山にすてられました。アライグマは、イタズラしてやろう、わるいことをしてやろう、なんてかんがえていません。つれてこられた日本で、ひっしに生きているだけです。そんなアライグマを、みなさんは、つかまえて、ころしてしまうのですか」
佐藤さんのけんまくに、みんなだまってきいているだけだ。
「アライグマは、いまでは日本にすみついています。アライグマを、ぜつめつさせることは、もうできません。だったら、しぜんにまかせたらいいじゃありませんか。がいこくからきたどうぶつは、アライグマだけではありません。それがふえて、日本をせんりょうしてしまいましたか。
畑でつくるものを食べられてこまるなら、電線のさくをすればいいじゃありませんか。人間の食べものをとって食べるのは、アライグマだけじゃないでしょ。アライグマは、ねこやいぬとおなじ、いのちあるどうぶつです。人間のつごうで、ころさないでください」
それだけいうと、佐藤さんはさっさと車にもどって、行ってしまった。
あっけにとられて見ていた人たちが、がやがやしゃべりはじめた。
水田さんが、荒井さんにきいた。
「あの佐藤さんをしっているんですか」
「ええ、アライグマをころすな、と役所にこられることがあります」
荒井さんは、村の人たちにむかっていった。
「たしかにアライグマは、くるしまないように安楽死のしょぶんをします。それはやさいやくだものをつくって食べる人間には、しかたのないことです。でも、畑をあらされたことのない人に、なかなかわかってもらえないのが、ざんねんです」
荒井さんは、アライグマが捕獲器にかかったら、ぜったいに自分ではこんではいけない、かならずれんらくしてください、とつけくわえた。
千子のおじいさんは、捕獲器をかりようともうしこんだけど、じゅんばんまちになった。
8月12日のあさ、千子が顔をあらっていたら、とめちきさんが死んだ、とゲンがしらせにきた。光さんはいろいろ用事があるので、モルモットのせわをしてほしいとたのまれたいとう。
なにかてつだいをしたいと、おじいさんも千子についてとめきちさんの家に行った。とめきちさんの家には、村の人が五人きて、あまどをあけ、へやとにわをかたづけて、そうじしていた。ゲンと千子はうらにまわって、モルモットの小屋をそうじした。モルモットが1匹死んでいたので、はかにうめて、花をそなえた。
えさのやさいと水をやっていると、光さんと千子のおじいさんがうらにまわってきて、しばらくモルモットを見ていた。
おじいさんが、モルモットにはなしかけた。
「とめきちさんは、やすらかな顔をしておられた。おまえたちには、25年もせわをしてもらったことが、わかるかのう」
光さんは、なにもいわないで、モルモットをたしかめるように、1匹ずつ見ていた。
つぎの日、とめきちさんのそうしきにあつまった人たちに、光さんはおれいをいった。
「とめきちの身内といえば、まごのわたしだけです。わたしは、中学校をそつぎょうして、23年まえにこの村をはなれてから、一度もかえってきませんでした。村のみなさんに、おせわになりっぱなしでした。きょうも、とめきちをおくりに来ていただいて、きっとよろこんでいると思います。ありがとうございました」
れいきゅう車が出てしまうと、ゲンと千子は家のうらにまわって、モルモットのせわをした。モルモットをそとに出してだんボールばこに入れ、鉄のさんを水であらってきれいにした。あたらしいわらを、たっぷりしいた。
えさばこや水入れをあらって、小屋の金あみのくものすをはらった。
千子は、小屋をきれいにしながら、モルモットはどうなるのだろう、モルモットはどうなるのだろう、と思っていた。ゲンもそれをかんがえているのだろうが、だまったまま、そうじをしていた。
そうじがおわると、モルモットを1匹ずつりょう手でだきあげ、顔を見てから、小屋に入れた。32匹いた。
ゲンが、とめきちさんにもらったモルモットをさんぽさせたいといった。千子はゲンのうちに行き、二人は1匹ずつモルモットをだいて、池のふちをまわって、クローバーのしまにつれていった。2匹はいまもなかよしで、草の上におろすと、頭をくっつけるようにして、クローバーを食べた。
14日のおぼんの一日を、千子は家でおじいさんとおばあさん、おとうさんとおかあさんとすごした。ゲンがよびにくるのではないかと、一日中気になったが、ゲンはこなかった。
千子は、あさってのあさ、おとうさんおかあさんといっしょに、まちにかえることになった。
あしたは、自分からゲンの家に行って、いっしょにモルモットを見に行こう、と千子は思った。
15日のあさ、ふくや本をかばんにつめていると、ゲンがやってきた。
「モルモットの小屋でなんかあったみたい。光さんと水田さん、それにしらないおじさんが、小屋のほうで、はなしてるのが見えた」
「ゲンちゃん、行ってみようか」
「それが、子どもはきたらだめって。光さんから、ばあちゃんにでんわがあったんや」
「だって、わたし、あしたかえるのに。きょうはモルモット見たい」
「そりゃ、ぼくも気なるけど。またばあちゃんにきいてもらうからまっといて」
千子は、むねがざわざわした。